第16話 占術日和(4)

翌日、潮田が足に絆創膏を付けて半べそで出勤した。


「先輩、聞いてくださいよ。私、昨日あの後駅の階段で転んだんです。絶対あのタロットのせいだと思いません?クソ」


たがが100円の占いにしては当たり過ぎだ。

まぁ、死神と拷問みたいなカードの連チャンにしては、絆創膏で済んで良かった方だろう。


「おいおい、いきなり取材同行かよ。意外と仲良くやってるじゃん、お前ら。」


ニヤニヤしながら編集長がわたしたちを見る。


中学生がカップルを冷やかすこの感じ。

嫌いだ。


「よし、歓迎会も兼ねて、今日は焼肉でも行くか!」


編集長の鶴の一声で、その日は定時で早々に切り上げて、会社の近くの裏路地の焼肉屋さんに行った。


外観も店内もお世辞にも綺麗とは言えない風貌で、油まみれの換気扇が何十年もの歴戦の飲み会を物語っている。


「編集長、これ、なんですか?」


お座敷に座ると、潮田がテーブルの隅の方に置いてある、丸い球体を指さした。


何やら球体の周りには星座が描いてあり、上部にはルーレットのようなものが付いている。


「なんだよお前らこれ、知らねぇのか?」


やれやれ現代っ子は。と哀れむ口調で編集長が説明してくれる。


「これはルーレット式のおみくじ機だよ。自分の星座のとこに100 円入れたらルーレットが回っておみくじが出てくる。昔は喫茶店とかラーメン屋とかによく置いてあったんだけどな。久々に見た。」


やってみるか?という編集長の言葉に「結構です」と、声を合わせて丁重に断った。


なんだか目の前の100円おみくじ機が、昨日の占い師の成れの果てのように思えて、わたし達は2人で笑った。




飲み会は嫌いだ。

そもそもお酒がそんなに好きではないし

眠たいし、早く帰りたいし

おじさんの話は面白くないし

わたしの話も面白くないからだ。


でも、今日は楽しかった。

編集長とこうしてお酒を飲むのは久しぶりだ。

後輩の潮田の話も、なかなか人間味のある内容で面白かった。

全然友達のいないわたしにとってはこんなの初めての体験だ。

2人のことが少しだけ好きになった。

何より、人のお金で食べる焼肉は格別においしいことを知った。



帰り道。ふらっとコンビニに立ち寄る。


『酔い足りない』なんてわたしが言うのも変だけど、夜の風にもたれ掛かるほろ酔いの自分があまりにも気持ちよくて、レモンチューハイを購入。


いつものテトラポッドにただいま。と遠くから声をかける。(酔っているので座るのは危ない気がした)


太陽と月のカードは転機のカード。か。


運命の出会いなんて大層なものが100円の占いでわかってしまったら、人生、苦労の出番なし。だ。 


占い師の記事、どうしたものか。

ポヤポヤとした頭でいくら考えても、

良さげな文章は浮かんでこない。


そういえば、と思い立ち、『ジガリア』という言葉が気になって調べてみた。

ギリシャ語で″体重計″という意味だった。



「やっぱ芸人だったかな…」



残りのレモンチューハイを

雲に隠れた月と一緒に飲み干した。

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