第15話 占術日和(3)
今日は記念日だ。
たった今、初めて潮田と意見と感情が一致した。
『『この人、何言ってんだ?』』
「あ、すいません、いきなりタブー出しちゃった。前言撤回〜っつって。」
占い師は両手を振って過去を無かったことにしようとする。
そしてわざとらしく『オホン、』と咳払いした(ほんとにやる人初めて見た)。
「初めまして。素敵なお姉さん方。運命の箱庭、ジガリアへようこそ。占い師のTAKESHIです。よろしくどうぞ。」
(だっっせぇ!!)
わたしは心の中で今年一番叫んだ。
『「』から『」』まで全部ダセぇ!!
ほんとに占い師なのか?この人。
芸人なんじゃないのか、、?
そんでタケシって!
もっと″ホロスコープ城島″とか″水晶玉男″とか占い師らしいビジネスネームにしろよ!
せめて『開運寺 武』とか
こう!何かしらひねれんもんかね!
なんで本名!!?
タケシって!! 息子か!!
ジムリーダーか!!
近所のガキ大将か!!
目の前の占い師と言葉のラリーも続かない間に、ツッコミをガトリング銃のように地下街にぶっ放す。
ほんとに占い師なの、?
と隣にいる潮田に目で合図する。
潮田も予想外だったようで、困り顔でこっちに助けを求めている。
「当たんないっつっても、ちゃんとした占い師ですよ!開業届も税務署に出したし、ここの地下街の管理組合にも許可はしっかり得た上でやってます。もちろん、納税も、確定申告も、ちゃ〜んとしてますよ。」
目の前の占い師は、自分で掘った深〜い墓穴を必死で埋めようとする。
しかし自ら「ちゃんとした占い師です」、と言われると、逆にますます怪しく聞こえるものだ。
反面、占い師も届出とか納税とかはやっぱり必要なんだ、と少し感心もした。
「占い師になるのって、資格とかいるんですか?占い専門の学校とか…。」
いまだに目の前の男を信用できないのか、潮田が遠回しに探る。
ちなみにもうニコニコ笑顔ではない。
「無いと言えば無いし、あるっちゃあるんですよね。」
お座りください、とわたしたちを折り畳みの椅子に座らせ、占い師は答える。
「占いのちゃんとした資格はないっす。でも占いの専門学校はあるらしいですよ。凄腕の占い師に弟子入りするパターンが昔は主流だったって聞いたこともあります。ちなみに俺は、本屋に売ってるやつで独学です。」
本屋に売ってるやつで独学?
つまるところ、と話を続ける。
「占い師って、誰でもなれるんです。」
ここで満面の笑み。
わたしたち2人は致死量の青汁を飲み干したような顔をした。
「例えば、SNSで占い師を名乗ってアカウント作っても問題ないし、それでお金を取っても法律には触れません。要は『俺は占い師です!』って宣言すれば、即、みんな占い師っす。お姉さんたちもなります?占い師。」
悪意のない占い師は、ナハハっと笑う。
「まぁただ誇張し過ぎた広告表示とか、霊感商法とかはもちろんちゃんとお縄ですよ?気をつけてくださいね。」
警官の真似のつもりだろうか、ビシッと敬礼のポーズをする。
警察を舐めるな。
「…」
「…」
「資格もいらない、資金もいらない。霊感も学歴も事務所もなぁんにも!いらない。強いて言うなら、人狼ゲームするときは真っ先に殺されるから要注意〜!って感じですね。」
多分これがお決まりのオチなんだろう。
他に質問は?というような顔で、わたしたちを嬉しそうに見つめる。
やっぱりこの人、芸人だ。
道楽でやってる大学生だ。
残念だけど、記事にはなりそうにない。
一応出しておいた4色ボールペンと漢字帳を
わたしはリュックにしまった。
こんなことなら早く帰ればよかった。
と思った矢先
「まぁ、自分ぶっちゃけ、占いとか超能力ってちゃんとは信じてないんすよ。テレビとかで見るスピリチュアルなキモい人たち。あれ根拠のないこと堂々と言うでしょ?何年後に死ぬ、とか。」
急に本音を打ち明けた。何なんだこの男。
占い師になりませんか?楽勝っすよ。と言っていた男が急に、占いそのものを全力で否定し始めた。
先程とは少し雰囲気が違うのがわかる。
諦観の境地に至った犯人が、自首するような、本音を溢すようなそんな口調だ。
少し気味が悪い。
「ほんとに未来がわかるなら事故の1つでも未然に防いでみろ、みたいな。少なくとも、俺はできないんで。」
『俺の占いは当たりませんけど』
『占いなんて当たるわけないじゃないですか』
出会いがしらの言葉をふと思い出す。
占い師の言動全てを保障する最強の保険。
でも今の話を聞くと、不思議と腑に落ちてしまう自分がいた。
「占い師がほんとに人の未来を占えたらもっと世の中は良くなってるはずだし、そもそも占い師自体、占い師なんて仕事してませんよ。毎日競馬当てて生活しますもん。」
失笑しながら占い師は淡々と話す。
「占いや超能力が使える人がもしほんとにいるとして、自分のために使うのはタブーだと思うんです。悪いことできちゃうでしょ?」
「確かに、牛がステーキ食べて育ったらなんか倫理的にヤバいですもんね」
「先輩たまにエグいこと言いますよね。」
「なんかちょっと論点も違うんすよね。」
わたしの言葉に、潮田と占い師がドン引きする。
ふたりとも、顔が笑ってない。
「中学の休み時間とか流行りませんでした?手相とか。血液型占いとか。トランプ使ったやつとか。俺、あの雰囲気が好きなんすよ。楽しいじゃないですか。」
机の上のタロットカードを手に取り、占い師は順番に4枚ずつ並べ始める。
「本来占いって、んー、例えば、今日はラッキーカラーのピンク色のリップにしようとか、最後の花びらが『好き』だったから好きな子に告白しようとか、そんなんでいいと思うんです。」
カードを一枚めくる。
太陽と月が人間を照らしている絵柄。
おっ、と占い師は小さく驚く。
「その結果いいことがあれば占いのおかげだ!って。元気が出たり勇気が湧いたり。言わばただのおまじないですよ。」
ちなみにこれは大当たりです、とわたしにカードを渡して微笑む。
「高校の修学旅行で初めて金払って占いしてもらったんすよ。ガチ風なおばさんが水晶とか眺めてるやつ。そしたら30までに大病にかかるとか言われちゃって。てめぇは医者じゃねぇだろっつって俺、その日からタバコ吸い始めました。」
ナハハ、と笑ってまたタロットを一枚めくる。
今度は大きな鎌を持った死神のカード。
見ただけで意味は何となくわかる。
小さく『ヤバっ』と聞こえる。
「占い師は占う人をハッピーにしなきゃダメですよ。いつ死ぬとか、その人とは別れた方がいい、とか。そんなのてめぇにわかるわけないし、聞きたくないじゃないですか。」
謙遜のような、
半分は愚痴のような口調で占い師は言った。
「無数に選択肢がある中でその人の背中を押してあげられるような。たわいもない一言でいいんすよ。占いって。俺にはそれしかできないし、それをしてあげたい。お姉さん今の死神、ノーカンね。」
今度は潮田に向かって微笑み、再びカードを切り始めた。
【1人の人間から価値を産み出す仕事もある】
特技や事象に対して付加価値を付け、それを提供する仕事。
自分自身の能力に価値を見出す。
それは生まれつき持った才能や、努力して手に入れた力。
スポーツ選手、能楽師、サーカス、タレント。
司法書士やアイドルなんかもその類いかもしれない。
自己研磨と天性で形づくる世界の話。
これも立派な"仕事"だ。
最初に引いたカードをわたしに見せて占い師は
幼く微笑む。
自分の占いの結果を相手に伝えるのは、多分彼にとって嬉しいことなんだろう。
「太陽と月のカードは転機のカード。天気だけにね! つって。人生を変えるような運命の出会いがあるかもしれないです。お姉さん笑顔が素敵だし。その桜の色のカーディガンも春っぽくて似合ってますよ。恋の季節ですね。アガリますね。」
わたしはあまりこういう人知を超えたものを信じる質ではないが、素直に嬉しかった。
たかが占いでも結果が良ければ誰でもそれなりに嬉しいものだ。
続いて、潮田のカードを引く。泣きの再挑戦。
天使が足を縛られて吊るされているカードだった。
見ただけで意味は何となくわかる。
「もう正直に言います。お姉さんマジで気をつけてください。すんません。」
真顔で占い師は告げると、ご愁傷様です、
と言うように頭を下げた。
潮田は少しだけ固まった後、小さな声で
「話が違う…」と吐き捨てた。
「背中を押してあげられる占いを提供したい」
と言った矢先、これは確かに話が違う。
(じゃあそのカードとさっきの死神抜いときゃいいのに)と内心わたしも思った。
でもそれじゃつまんないのか。占いって。
不正がない分、逆に信憑性がある【ハズレ】だ。
「さて、タロット占い1回ずつなのでお代は二人合わせて200円です。イカした記事、お願いしますよ。」
200円?安すぎない?と心配になったが、わたしは財布から百円硬貨を二枚出してお礼を言った。
行列の理由ってもしかして安さ…?
「今宵はありがとうございました。素敵なお姉さん方。運命の箱庭、ジガリアへ。またいつでもどうぞ。」
占い師に背を向け潮田と二人、黒いカーテンをくぐる。街灯の光に吸い込まれるように外へ出る。
その感じ、やめたほうがいいですよ。
全然面白くないんで。
とは口には出さなかった。
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