第13話 占術日和(1)

「先輩はこっちの桜のやつでいいですか??」


別にいいけど。

というか、ダメと言ってもきっとオーダーするのだろう。



後輩ができるなんてさっき知った。

ぜんぶぜんぶ、編集長のせいだ。


「私持って行くんで、先輩は席とって座っててください。」


にっこりと微笑む、まだ素性の知らない女。

気の乗らないまま、口をへの字にしてわたしは席に向かった。


名前は潮田優香。

歳はわたしの1つ下らしい。

前職の大手物流会社の事務職を辞めて、今日からテトラジャーナルに転職してきた。


性格はとにかく明るい。よく喋る。

ニコニコ笑顔のわかりやすい陽キャ。

どちらかと言えば苦手なタイプだ。



潮田の入社初日。

まぁ今朝のことなんだけど、

わたしたちの部署に配属が決まると、わたしと真舟編集長は互いに目で合図した。


すなわち、どちらが彼女の面倒を見るか、

仕事を教えるか、の無言の睨み合いだ。


断固、絶対、嫌。


小動物なら睨み殺せるであろう凄まじい眼力で編集長を睨みつける。

昔っから自分より下の子の面倒を見るのが苦手だった。

4つ上の姉が、わたしをとことん甘やかしてくれたのが原因かもしれない。


寄らば大樹の陰。誰かに甘えていたい。

頼りになる人に隠れて、誰かがかきわけてくれた安全な道を楽して歩いていきたい。

下の子の面倒を見ることに関しては、どれだけ考えても、メリットは見出せない。


Q.E.D だから絶対嫌だ。



わたしの殺戮眼をものともせず、先に口を開いたのは編集長だった。



「潮田さん、うちのチームに来てくれてありがとね。いや〜嬉しい!若くて明るいやつがいるとさ、チームの士気が上がんのよね。よろしく〜。」 



編集長は編集長で、一瞬バキバキのガンギマリお目目でわたしを睨むと、財布から千円札を出した。


「あいにく、俺今から用事あるんだわ。悪いけど、そこの鮫川パイセンとお茶でもしながら仕事、教えてもらっておいで。」


わざとらしく両手を合わせて『ゴメンね』のポーズをする。

はーい、とニコニコ笑顔で返事をして、潮田がわたしの方にテテテテと寄ってくる。


これにて完全敗北。まあ、わかっていたけど。


仕事上、彼女にも担当のジャンルが割り当てられることになるわけだが、現在一番人員を割いている部門、トレンドや最新情報の記事の取材を主に担当することになった。



さて、世の中には″転職″とは別に″天職″なんて幻の言葉が存在する。


体格に恵まれた人がスポーツ選手になるように

容姿に恵まれた人がモデルや俳優になるように

天から授かった職。天性に合った職。 

それが"天職" である。



後から分かったことだが、流行と彩りで構成されている潮田の人生において、これほどまでの天職があっただろうか。


レビューの高さでモノを選び、マネキンと同じ服を着る。

大人気です残り僅かです本日限定です、と言われれば購入する。



案外、世の中はこういう部類の人が流行を流行たらしめ、お金を回し、めくるめく歴史を変え、時代を創っているのかもしれない。


そういう『トレンド』という市場が需要を産むおかげで、我々『鈍』な人種にも経済のおこぼれが回っているとも言える。



きっと彼女に【季節限定!段ボールとズワイガニのウニクリームパスタ!】と言えば

『なんですかそれ!美味しそう〜!!』

と言って食い付くに違いない。

本人の頭の中ではズワイガニとウニが『季節限定だよ!』と手を繋いでダンスを踊っている。

(背景と地面が馬鹿でかい段ボールなのだが)



そんなことを考えていたら、潮田が席に注文したものを運んできた。

目の前に季節限定のケーキとドリンクが置かれる。


桜の花びらが乗ったケーキを

「はぁ…食べちゃいたいくらいかわいい…」

と目を輝かせて写真を撮る潮田。

(食べちゃうんだろうが馬鹿)



春に一度でも桜が食べたいと思った人はいるのだろうか。

ガトーショコラの上に申し訳程度に置かれた塩漬けしてある桜の花びらを、わたしは噛まずに飲み込んだ。全然おいしくない。



本来の目的は会社のいろはをレクチャーするガールズティータイム(新陸会を兼ねる)なのだが、如何せん目の前の隙だらけの女、実は隙が全く無い。

まずは優しく自己紹介をするべきか。

先手を打って少し威嚇しておくべきか。



初対面の人に仕事を教える、とは言っても何から話せばいいのやら。

大樹に隠れて生きてきたわたしにはすぐにはわからなかった。


先手必勝。ナメられる前にとりあえず何か話そう。

脳内でハチマキを巻いた矢先、先に口を開いたのは目の前のニコニコ笑顔だった。



「そういえば、先輩。昨日、この街のお店色々調べたんですけど。」


わたしなら一口で食べるであろう小さな桃色のケーキを、大事に大事にちまちまと食べている。


「駅地下のアーケードにある、占いのお店、知ってます?」

 

「占い??」


「なんか、今、SNSとかでめちゃくちゃ話題になってて。あたし最初の取材そこにしたいんです。一緒に行ってもらえないですか?」



まさかの同行取材のお誘いだ。コミュ力お化けめ。

先輩社員としては当然のことだが、もちろん気乗りはしない。面倒くさい。

遠回しに最短距離で断りたい。



「わたしあんまり占いとか、興味ないの。

真舟編集長の方が」


「でも占い師さんって先輩の仕事のネタにもなりません?」


ピエロのようにニンマリと不気味に笑って

わたしの台詞を遮った。


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