第9話 一文菓子(1)
趣味はなんですか?
と聞かれるのがどうにも苦手だ。
うんうん、と共感した人にはわかると思うが
理由は一つ。
特に思いつかないからだ。
わたしの休日は八時くらいにゆっくり起きて、とにかくダラダラ過ごす。
その姿は〈ダラダラ過ごす〉以外に表現する言葉をわたしは知らない。
語彙力の欠落。記者失格だ。
へへへっ、と力無く笑う。
ダラダラするのに飽きたら、特に用事も無いが外に出る。
そして私の一番落ち着く場所、海岸のテトラポッドの上に座って海を眺める。
四年前、この街に引っ越してきた私は、その日の夕方からほとんど毎日、この海岸のテトラポッドに通っている。
ポイントカードがあるわけでも無いのに。
仕事の終わりでも寒い冬の日でも。
台風の日とかは別だけど。
昔からテトラポッドが好きだった。
愛らしい形状、コンクリートの質感、わかってもらえるだろうか。わからない、と思う人は別にそれでいいのだけど。
外見や質感だけでなく、波から海岸の侵食を防いだり、魚の住処になったりとテトラポッドも仕事をしている、とお父さんが教えてくれた。
私にとってはこの場所自体が大きな犬を飼っているような、そんな気持ちでいる。
よしよし、とテトラポッドの頭を撫でる。
実家のある九州の港町でもお父さんが私を連れてよく海を見に行っては、ふたりで過ごした。
青の絵の具で描いたような真っ青な海も
炎が揺れるような水面に映る夕日も
嵐の前の怪物のような波のうめき声も
まるで自分も海の生き物になったような。
テトラポットの上、のお父さんの膝の上。
毎日私はこの景色を目に焼き付ける。
この景色が私は好き。
いや、正確には好きになった、だろうか。
海を眺めてボーッと物思いに耽る時間も
忙しい大人たちには必要なんだ。きっと。
どこまでも伸びる水平線は、疲れた心を癒すには充分過ぎる謎の力を持っている。
とは言ったものの、テトラポッドに長時間座ると
流石にお尻が痛くなってくる。
腕時計の長い針が半分くらい回っただろうか。
よっこら、と声に出して私は立ち上がると、
家に戻って再び飽きるまでダラダラする。
趣味が無い、とは恐ろしいことだ。
最悪の場合、命に関わる。
休日わたしがダラダラと過ごしている間にも、世の男たちはバイクで峠を攻め、女たちはカチューシャをつけて遊園地ではしゃいでいるのだろう。
部屋で1人、テトラポッドの形のクッションを転がす。
「まぁた こんなもの買ってさ…」
と自分で自分に説教する。急に虚しさが、湧く。
『人生に勝ち負けがあるとしたら、わたしは、』
そこまで考えて、わたしは転がしたクッションを今度はベッドに放り投げた。
時計の針は11時を指す。
食う寝る遊ぶができない奴はもちろん仕事もダメ野郎だ。このままでは流石に。と思い立ち、パーカーを羽織り、スニーカーを履いた。
楽しいことを見つけるのだ。
高価なカメラを買わずとも、静かな湖畔にテントを立てずとも、楽しいことは身の回りに溢れているはず。
ふんす!と鼻息荒く、わたしは玄関のドアを開けた。
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