第6話 有色透明(2)
「だからなんなんだよ、これ。当たり屋って。
ちょっとした警察沙汰じゃねぇか。まぁ無事だったから何よりだけどよ。そんなチンピラ追い返せんのもお前くらいのこった。」
「保守的で画一的。それでいてオーソドックスな当たり屋だったんですよ。わたしなんだか感動しちゃって。ダメですかね、当たり屋さん。締切あと2日しかないのに残機ジリ貧なんです。」
「そりゃ読者も興味はあるかもだけどな。当たり屋。これを良しとすると俺が上に怒られる。」
編集長は吐き捨てるように言うと、プリペイドカードをわたしに投げた。
「俺、ブラック」
ビタンと床に落ちた可哀想なカードを拾い上げる。編集長はわざとらしくスマホをいじり始めたので、わたしは無言で部屋を出た。
毎朝1階の自販機に編集長(とわたし)のモーニングを買いに行くのは日課の一つ。
パシりハラスメントとか無いのかな、と思いながらわたしは部屋を出た。
編集長から預かったプリペイドカードを自販機にかざす。
残額は千二百円。
もう3月も終わりか、とわたしはため息を付く。
「ん」
毎朝押しているブラックコーヒーのボタンが【売り切れ】と赤く光っている。
仕方ないので、わたしの分のミルクティーと編集長にはその隣のあったか〜い微糖のコーヒーを買って自販機を後にした。
「なんで微糖なんだよ!えぇ⁉︎ブラックは⁉︎」
案の定、編集長は怒る。
「売り切れなんです。」
「じゃあぽかぽかレモンにしろよ!ぽかぽかレモン!前に言わなかったか⁉︎俺は微糖のコーヒー飲めねぇの!」
「ぽかぽかレモン、ですか。」
「そうだよ!なんならブラックコーヒーより好きだよ!ぽかぽかレモン!」
反抗期の子供のように編集長が喚く。
「じゃあなんで毎朝ブラック飲んでるんですか」
「編集長だからだよ!ブラック飲んでた方が編集長っぽいだろうが!朝からぽかぽかレモン飲んでる編集長ダセぇだろ!!」
「何なんです、それ。」
「ああ!クソ!この際だから言うけどな!俺だって好きでブラック飲んでるわけじゃねぇの!ほんとは毎朝ぽかぽかレモン飲みたいの!
ああ!この鉛筆も!ほんとはシャーペン使いたいけど我慢して使ってんの!」
「何なんですかそれ」
「シャーペンより濃い鉛筆使ってる方が編集長っぽいだろうが!文脈から察しろよ!なんか格式あるだろ鉛筆の方が!俺が編集長としての体裁を取り繕うのにどれだけ努力してるかお前ら何にもわかってねぇんだ畜生!」
さっきとは一変し、ここまで来るともはや酔っ払いだ。
「じゃあこっち飲みますか?」
とわたしの分のミルクティーを差し出す。これ以上朝から編集長の血圧が上がるのも心配だし、何より鬱陶しい。
「お、おぉう。サンキュー悪ぃな。」
と落ち着きを取り戻した編集長は、自分のデスクでもぐもぐとチョコチップパンとミルクティーを食す。
今年で四年目。この人の操縦にも慣れた。
隣で新入社員の女の子がドン引きしてるのを尻目に、(チョコチップパンは編集長の体裁的にどうなんだ)と思いながらわたしも微糖のコーヒーを飲む。
「あ、そうだサメ子。」
編集長がわたしの方を見る。
「俺の知り合いに自販機の補充してる子会社の社長がいる。さっきアポ取ってやったから話聞いてこい。」
チョコチップパンの先端でわたしを指す。
いかにもボスの指令、といった口調だ。
「やっぱり当たり屋はダメなんですか」
「よっぽど俺をクビにしたいらしいな。お前。」
わたしの脳内でラッパを吹いていた天使たちが
劇画風の絶望の顔をして消えた。
しかし締切2日前にも関わらず、残機の乏しい今のわたしにとってはとてもありがたい話だ。
「十時に駅の四番北口だ。安心しろ。人の良さそうなおっさんだ。行ってこい。」
世話が焼ける部下だぜ、というように編集長がやれやれのポーズをする。
「編集長。」
「礼ならいいから行け。上司の仕事の範疇だ。」
「口の横、チョコチップ付いてます。」
パーカーを羽織り、小走りでわたしはオフィスを出た。
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