第5話 有色透明(1)

「サメ子おめぇなんだよこれ、こんなひでぇの出せねぇぞ、没。」


真舟編集長に想像通り怒られる。

ですよね。と適当に笑みを返す。



汚れた雑巾の端を摘むように編集長がわたしのA4のメモをヒラヒラさせる。

もちろんそこにはさっきの当たり屋の記事の下書きが書き殴ってある。

付箋に『鮮度が命』と書いて編集長の机に置いたものだ。

 

テトラジャーナルには500人ほど社員がいる。

日本各地の支部に、わたしのように編集記者もいれば、企画、制作、営業、専属のデザイナーやシステムエンジニアなんかもいる。

雑誌を構成する各ジャンルで部署に分かれるような形態をとっている為、編集長だけでも40人くらいいるらしい。


書籍離れの深刻化が叫ばれる現代、テトラジャーナルは業界で唯一、自社のみで企画から配信・印刷までを担うメガ出版だ。


フレックス制度を導入しているので、今朝のわたしのように六時に会社に来ても生体認証でオフィスに入ることができる。


残業も休日も自分のペースで選ぶことができる。もちろん、タイムリミットとクオリティの遵守が大前提ではあるが。



真舟編集長はわたしの直属の上司だ。

三十九歳独身。喫煙者。


何処かハードボイルド調で、気怠そうな目つきと背格好はピンクパンサーに似ている。

弊社は私服出勤が基本だが、編集長は何故か年中紺色のスーツ。

高そうな腕時計を付けて髪や髭もバシッとキメている。

ザ・編集長!という見た目をしており、粘土で【編集長】という漢字を作り、捏ねまくると真舟編集長になるアニメーションがわたしの脳内に流れる。


その癖何処か抜けていて、よく見ると靴下が左右で違ったり、未だにポケットに小銭をジャラジャラ入れていたり、五本で百円のチョコチップパンを3日くらいかけて食べる人間臭い一面もある。


社内では"イケオジ"やら"ギャップ萌え"やら言われることもあるらしいがわたしはそうは思わない。

"だらしないけど偉い人" とか

"優しいけどだらしない人" がしっくりくる。

要はだらしないのだ。言い過ぎかな。


あ、そうだ。サメ子というのはわたしの愛称。

鮫川だからサメ子。

いつからか誰かが勝手に呼び出した愛称だ。

わたし自身、あまり気に入っていない。


一応、この話の主人公である。


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