第3話 千載一遇(3)
「あの、もしかして、当たり屋さん、ですか?」
ここでこの物語の冒頭に戻る。本能的に口が言葉を発していたあのシーン。
普通だったら、この台詞を言ってしまった以上、どう転んでもストーリーはいい感じには進まないだろう。けど。
この男、"当たり屋"だ。
故意に相手の車に対してぶつかってきて、慰謝料請求をするお仕事。
暴力団とかヤクザさんとか、裏のお仕事の人たちとの繋がりがあるんだとか無いんだとか。
曲がり角で人にぶつかってくるケースもあるんだ。
弁償金の請求も、どうもスケールが小さい気がする。
新しいというか。みみっちいというか。
しかも人の少ない早朝に身体を張る珍しいタイプ。車ももうすぐ空を飛びそうな現代社会において、こんな原始的な犯罪を生業にしているなんて逆に感心してしまう。
わたしにとってはビッグチャンス到来だ。
「あの 」
ゆっくりと口を開く。
当たり屋という単語に一瞬動揺した男が、わたしの弱々しい態度に、口元を緩ませた。
「ぜひ、取材させていただきたいんですけど!」
いきなり大声で叫んだ。名刺を無理やり男の掌にねじ込む。この手は効く。
取材には勢いが大事。
それから相手の目を真っ直ぐみること。
編集長の言葉を思い出す。
編集長を思い出したので、ついでに少し、弊社の紹介をしたい。
物語でいう「起」の部分にあたるが、あえて「転」であるここで話すことにする。
(余談だけど曲でいうCメロがわたしは好き。
一旦休憩なんだな、と何処か肩の力が抜ける感じがするから。)
さて、世の中には数多くの仕事が存在する。
終身雇用なんて言葉はバブルと一緒に泡沫の如く弾けて消えた。
第二新卒・転職・起業・副業・フリーランス。
数多の選択肢を持ち合わせた現代人たる我々。
選択肢は多いが、好きを仕事にできている人なんてほんのひと握りだろう。
そんな昨今、【働き方】という言葉はより一層カラフルで歪なニュアンスを含むようになった。
わたしが勤めているのはテトラジャーナルという出版社。
テトラジャーナルでは『週刊テトラ』というオンライン上の情報誌の配信をしている。
経済・ファッション・ニュース・グルメなど興味のある項目を利用者各自が選び、関心のある項目だけで構成された雑誌がネット上で自動で編集されるシステムだ。
云わば自分専用マガジンの出版サービスである。
友達や芸能人の作成した週刊テトラを閲覧することもできるし、他の企業は広告を載せることもできる。ウェブ上の人気はそこそこ。
その中でわたしは「ジョブログ!」という様々な「仕事」に関するコラムページを執筆している。
登録者は一般に十代から四十代の若い層に多く、
毎週7万人近くの人が購読してくれている。
自分で言うのもなんだけど、僅か見開き1ページながら謎にウケがいい。
この見開き1ページがわたしの社内の存在意義を成している。
要はその″週刊テトラ″のわたしの今週のお仕事紹介ターゲットが経てして『当たり屋』になったわけだ。
脳内で【神回】と書かれたラッパを天使たちが下品に吹き散らす。
『株式会社テトラジャーナル ジョブログ!
編集記者 鮫川音季(さめかわとき)』と明朝体で書かれた名刺に男の顔がみるみる曇っていく。
「4分くらいでいいです!会社すぐそこなんです!
何卒!!!!」
既に曇天と化した男の表情に数滴、汗も滴る。
「えぇ…いや、俺は!、スマホ…割れたから!、弁償、、」
と急に子犬のように狼狽えだす。
今になって帽子の″Destiny″が改めてダサく思えてくる。
「当たり屋さんの仕事を記事にしたいんです!」
わたしの渾身の叫び。楽譜ならクレッシェンド。
国民の祝日だかなんだか知らないが、こちとら必死だ。
〆切に文字通り首を締め切られそうなのだ。
早朝出勤の原動力がそこにある。
男は目をキョロキョロさせた後そそくさと立ち上がり、
「ふ、ふざけんなクソ女!失せろ!」
とまるでいじめっ子のテンプレの如く去ってしまった。
『ふ、ふざけんなクソ女!失せろ!』
と言ってクソ男が失せていったので、
「状況と台詞が合ってないんだよ、没」
と編集長を真似て呟いてみた。
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