第3話 信長を討て!

「織田信長?」


 戸隠とがくしの里をあとにした龍影りゅうえい百鬼丸ひゃっきまる幻王丸げんおうまるの一行は、山づたいに南西へと歩を進めていた。


「そうだ。尾張で頭角を現しているやつの首を取れば、われらの名こそ日の本にとどろくであろう。この世の国盗り、その第一歩としてはかっこうの手合いだ」


 龍影の言葉に、百鬼丸は興奮した。


「さすがは兄貴! 士官ではなく首を取ると言い放つのが、おそれいるところでございます!」


「百鬼丸、兄貴はいずれこの世をべるお方。たとえ相手が何者であろうと、ひざを地につけることなど、あるはずもないだろう?」


 幻王丸は腕を組みながらほほえんだ。


「ふむ、よく言ったぞ、幻王丸。そうとおりだ。俺が他の者に屈服するなど、ありえるはずがないのだ。たとえそれが、天地神明であろうともな」


「これは、兄貴……どうか、ひらにご容赦を……!」


 百鬼丸は心から平服した。


「よいよい、百鬼丸。いずれにせよ、まずは尾張だ。信長の首を取り、そのかちどきを、われらが船出の合図としようではないか」


「はあ、兄貴……この百鬼丸、命を賭してでも兄貴につきしたがう所存でございます……!」


「同じく、兄貴。この幻王丸、兄貴のおんためならば、喜んで盾にでもなりましょうぞ」


 二人は片ひざをついて深々とかしずいた。


「ふふっ、二人とも、よくぞ言ってくれた。お前たちがあることはこの俺にとり、まことに心強いぞ。そうと決まれば、まずは尾張だ。早いところこの山を越えようではないか」


「おうっ!」


 一行はしばらく歩いていたが、龍影がふと足を止め、杉林の一角ににらみをきかせた。


「そこの者、いいかげんに出てきたらどうだ? ずっとついてきているのはわかっている。姿を現せ!」


 彼の声に呼応するように、大木の枝にひとりの忍びが降り立った。


「さすがだな、龍影」


「貴様は猿飛さるとび……!」


佐助さすけっ……!」


 百鬼丸と幻王丸は同様に驚いた。


 猿飛佐助は眼下の三人に鋭いまなざしを送っている。


「龍影、大恩あるおかしらを裏切っただけではあきたらず、戸隠の里まで陵辱したとが、決して許されるものではない!」


 啖呵たんかを切られたものの、龍影は肩で笑っている。


「ふん、あんな老いぼれも里も、見限ってせいせいしていたところだ。お前こそひとりのようだが、ほかの九人はどうした? たいした実力もないくせに、真田の殿に召しかかえられたからと、いい気になりおって」


「間違うなよ、龍影。お頭がお前たちを選ばなかったのは、あまりにも危険すぎるからだ。そのありあまる力にうぬぼれ、人の心をもなくし、挙句の果てに魔道へと落ちた。この猿飛佐助、天に誓ってお前たちを討つ!」


「言っていろ、阿呆が。ひとりきりでわれら三人をどうにかできるとでも思ったのか? 身のほど知らずめ、返り討ちにしてくれる!」


「お待ちください、兄貴――!」


 かまえようとした龍影の前に、幻王丸が立ちはだかった。


 そして眼光鋭く、佐助のほうをにらんだ。


「ぐっ……!」


 佐助はやにわに苦しみだし、頭をかきむしっている。


 その体はぐにょぐにょと変形していく。


「貴様、佐助ではないな? 何者だ、正体を見せろ!」


 龍影が一喝いっかつすると、それはドスンと地面へ落っこちた。


 百鬼丸がすかさず後ろ手に拘束すると、着物がはだけて乳房がボロンと飛び出した。


「あったった~、ちょっと、百鬼丸! 痛いから放してってば! わたしだよ、わたし!」


 頭をひるがえすと、それは若い女性だった。


「お前は……」


「戸隠の里の……」


 百鬼丸と幻王丸は、ぽっかりと口を開けた。


「かぎろい、なぜこんなところに……」


「龍影、わたしも連れてってよ!」


 見下ろす龍影に、女はかしましく言い放った。


 これが宿命の女性、かぎろいとの再会であった。

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