第26話 完成形

 選別が始まってから、だいたい5分が過ぎた。

 魔法陣から噴出する魔力はどんどん出力を増していく。

 

「あああっ!?」

「いやあっ!」


 ここまで何とか凌いでいた生徒たちも、だんだんと対応しきれなくなり、悲鳴を上げながら、姿を消していく。


 残された10人程度の生徒たちは、一瞬ラネットに抗議の目を向けるが、そんな余裕はないとすぐに集中し直した。

 

「この、魔力出力や魔術効果の柔軟性……やはり間違いなく神代魔術だ。

 いや、少し混ざっているか? だとしたら俺の……」


 ルクスは、他の生徒たちが恐怖に怯え必死に対処に追われる中、噴き出す魔力を中和しながら、1人淡々と分析する。

 魔法陣の土台に神代魔術があるのだと分かった以上は、誰よりも神代魔術に対しての理解度が高いルクスにとって、対処は難しいものではなかった。


(考えてみれば……混ぜるという発想に至ったのが俺だけとは限らんか。

 完成度を見るに、むしろ彼女が先駆者か? ふふ、思いがけず、いい発見をした)


 ルクスは、感嘆と興奮を覚えながら、魔法陣を構築したラネットへと視線を向けた。



◇ ◇ ◇



「……あの小僧、妙に小慣れているな。はじめから知っていたような動きだ」

 

 ラネットは、余裕綽々の様子で魔法陣の中に立つルクスに目を眇めた。

 他の生徒たちが、未知の魔力の奔流に翻弄され、必死にもがいている中で、彼はまるで何もかも知り尽くしているかのように、冷静かつ的確に魔力を捌いていた。


「根幹部への理解は私よりも上だな。あの歳で、神代魔術の造詣が深いのか? 奴の出自は…………エルフィンストンか」


 ラネットは、奇妙とも言えるルクスの動きについて思考を巡らせながら、バツ印だらけになったDクラス名簿に視線を落とす。


「エルフィンストンといえば、アレの弟……関係はなさそうだ。名門だから書物自体はあるだろうが、わざわざ? 訳のわからない奴だ」


 ルクスの家名を確認し、ますます訳がわからなくなったと、顔を上げ再びルクスに鋭い視線を向ける。

 

「残りは……約2分。予定外だが、少し試してやるか。どちらにせよ、このままでは生き残る人数が少し多い」


 ラネットは、残り時間と生き残るであろう人数を確認すると、チョークを手にとって、クルリと振り返り黒板の方を向く。

 そして、魔法陣にいくつかの線を書き足すと短く詠唱し、黒板に魔力を流した。


「さて、これはどうする?」



◇ ◇ ◇

 

 

 残り1分弱、もう少しで終わると希望が見えてきた頃。

 突如として床の魔法陣が赤く光り輝き、ぐにゃりと形を変えていく。


「な、なんだ!?」


 魔法陣の変化に、生徒たちは驚き、声を上げる。

 次の瞬間、形を変えた魔法陣から、禍々しい魔力の触手が何本も生え出し、うねりながら生徒たちに襲いかかってきた。


 触手は生徒に絡みつくと、魔力が濃く荒れ狂う地点へと引き摺り込んでいく。


「ぎゃああああ!!」

「うわああああっ!!」

「やめろおおおっ!!」


 抵抗虚しく、次々と生徒たちが悲鳴を上げながら、魔法陣の外へと転移させられていく。


 ルクスもまた、襲い掛かってくる魔力の触手を避けながら、状況を把握しようと努めていた。


(魔力の流れが神代魔術に寄ったか? ……いや、少し違う。これは……)


 うねり狂う触手から放出されている魔力を分析し、ルクスはハッとした表情を見せた。


「単純掛け合わせたわけではないな。なるほど、そういうことか、これは面白い。……そうだな、形は……蛇でも模しておこうか」


 ルクスは、不敵な笑みを浮かべると、魔力の触手に向かって、右手をゆっくりと掲げた。


「蛇焔、黒染、射出」


 そして、最小限の詠唱と共に、掌から黒炎を放つ。


中式・黒焼蛇ミディスタ・アンギュラーセルペンス!」


 黒炎は、ルクスの意思に従うように形を変え、巨大な蛇の姿へと変貌を遂げる。

 黒炎の蛇は、魔法陣から生えた魔力の触手を、まるで獲物を捕らえるように絡めとり、焼き尽くしていく。


「不完全もいいところだが、猿真似でも案外上手くいくものだな……しかし、同じものをもう一度やるのは難しいな。改善が必要だ」


 ルクスは即席で放った魔術の性能を見ながら、ブツブツと結果を分析する。


 ラネットは、ルクスの行動を見て、少しだけ目を見開くと、再びチョークを手に取り、黒板の魔法陣にさらなる修正を加えた。

 すると、床の魔法陣からも、新たな魔力の触手が生えてきた。

 

 先ほどまでの触手が纏っていた、禍々しい赤黒い魔力ではなく、純粋な魔力が凝縮された、白銀の触手だ。


(展開速度が速い!? 今度は現代魔術か……いや、これも少し違う。次々と……!)


 白銀の触手は、黒炎の蛇をやすやすと打ち破り、ルクスに向かって襲いかかってくる。

 ルクスは、間一髪で白銀の触手を回避すると、黒炎を纏った左腕で受け止める。


「ぐっ……!?」


 白銀の触手は、黒炎をものともせず、ルクスの左腕に絡みつき、締め付けてくる。


 白銀の触手から伝わる魔力は、洗練された力強さがあった。

 それは、ルクスが目指している、神代と現代の魔術を融合させた、新たな魔術の完成形に近いものであるとルクスは感じた。


「素晴らしい……!」


 ルクスは、苦痛に顔を歪めながらも、白銀の触手から伝わる魔力の奔流に、感嘆の声を漏らした。


「いっそのこと腕ごと──」


「……時間だ」


 ルクスが自身の腕ごと触手を焼き払おうとしたところで、終了を告げる声が聞こえてきた。

 ラネットは、冷酷な声で終了を告げた後、チョークを叩き折った。

 その瞬間、魔法陣の光が収まり、魔力の奔流は静まり、触手は消え失せた。


 床に崩れ落ちたルクスは、激痛が走る左腕を押さえながら、ゆっくりと周囲を見渡した。

 教室に残っているのは、ルクスを含め、たったの5人だけだった。


 ラネットは、合格者である5人に向けて、鋭い視線を向ける。

 そして、静かに口を開いた。


「よく生き残ったな、クズども。貴様らは、今日から正式にDクラスの一員だ」

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