第24話 Dクラス
意識がゆっくりと浮上する。瞼の裏にぼんやりと光が差し込み、耳に微かなざわめきが届く。
ルクスはゆっくりと目を開け、周囲を見渡した。
「ここは……」
見慣れない、だだっ広い教室。
窓の外に広がるのは、見覚えのあるアカデミーの風景。
そして、視界の隅々にまで、深紅の制服を着た新入生らしき姿が溢れている。
「なんだ……?」
ルクスの脳裏に、クラス分けテストの記憶が断片的に蘇る。
鬱蒼とした森。襲い掛かってくる魔物。
そして――。
「アルトのやつめ」
ルクスは、組み付かれて意識が途切れる直前の光景を思い出し、小さく笑った。
明らかな完敗に悔しさはあったが、アルトの進化に対する高揚の方が上回っていた。
「しかし……」
アルトとの戦闘の記憶を辿りつつ、ルクスは周囲を見回した。
ざっと見たところ、この教室には軽く100人以上の新入生が集められている。
しかし、カレンやケイの姿はどこにも見当たらない。
(新入生全てが集められているわけではないようだが……)
ルクスが思考を巡らせていると、教室のざわめきが大きくなっていく。
新入生たちは、突然見知らぬ場所に集められたことに困惑し、不安げに周囲を見渡している。
「一体、何が起こったんだ?」
「ここはどこだ?」
「試験はどうなったんだ?」
新入生たちは、口々に疑問を口にするが、誰も明確な答えを持っている者はいなかった。
「出そろったな、出来損ないども」
その時、教室の奥から、ダルそうな女の声が響いた。
新入生たちの視線が一斉に声のした方へと向かう。
そこに立っていたのは、ボサボサの茶髪に、くすんだ色のローブを身につけた女性教師だった。
年齢は20代後半といったところだろうか。
しかし、濃いクマが目立ち、やつれた様子は実年齢よりも老けて見える。
見知らぬ女教師の登場に、場は混乱に包まれるが、女教師は構わず言葉を続ける。
「私はラネット・ヴェルマー。貴様らDクラスの担任だ」
教室に衝撃が走る。
Dクラス。それは、王立魔術アカデミーにおける最底辺のクラスを意味するものだ。
わけもわからない中で告げられた事実に、新入生たちは、ざわめき始める。
「Dクラス……って」
怒り、絶望というよりは、よく分からないといった疑問の声が上がる。
ざっと見渡しても、この教室には軽く100人以上の新入生が集められている。
目測に間違いがなければ、新入生の約8割ほどがDクラスとしてこの教室に集められていることになるからだ。
「人数が多すぎないか?」
「これが1クラス……?」
教室内の混乱はどんどん大きくなっていく。
ラネットは、そんな新入生たちの反応を見て、心底不愉快そうに舌打ちをすると、一言だけ言い放った。
「黙れ、クズども」
その一言で、教室は静まり返る。
決して大きな声でも、よく響く声でも無かった。しかし、ラネットの言葉は、不思議な威圧感があった。
混乱し、ざわめいていた新入生たちは、彼女の迫力に押され、言葉を失ってしまう。
「貴様らは、クラス分けテストで日没までにアカデミーにたどり着けなかったクズってだけだ。いちいち喚くな、くだらない」
ラネットの容赦ない事実を告げる言葉に、教室の空気は凍りついた。
新入生たちは、出来損ない扱いされたことに腹を立てつつも、彼女の迫力に押され、反論することができない。
(口の悪い教師だな)
ルクスも口出しをせず、腕を組んで静かにラネットを観察していた。
「あ、あの!!」
沈黙が長くなりかけたところで、この場に集められた生徒の1人から声が上がる。
いかにも育ちが良さそうな金髪の少年だ。
「本当に、私たちが全員Dクラスなら……過半数以上が落第するような試験のほうに問題があったんじゃないですか!? あんなもの、無理に決まっているでしょう!!」
その言葉に、他の新入生たちも頷き、同意の声を上げる。
確かに、クラス分けテストの内容は、新入生にとってあまりにも過酷なものだった。
鬱蒼とした森、襲い掛かってくる魔物、そして、最後に門番として立ちはだかる生徒会役員。
特に、最後が問題だ。あんなもの勝てるわけがない。
最初から誰1人として合格させる気がなかったのではないかというのが、ルクスを除いた、この場にいる新入生たちの総意であった。
ラネットは、生徒たちの反応に失望したようにため息をつくと、頭をかいた。
そして、黒板に寄りかかりながら、めんどくさそうに口を開く。
「最後の門番。あれは、基本的には戦わないことが正解だ。
入学したての新入生が、上級生連中。それも生徒会役員に勝てるわけがないからな。
いかに工夫して、門番の目を掻い潜り、アカデミーに戻って来れるか、というのを評価していたんだ」
ラネットは生徒とたちを冷たい目で見下ろしながら、淡々と言い放つ。
「貴様らが今ここにいるのは、馬鹿正直に戦って無様に敗北を喫するような脳なしだったからだ。理解したか?」
再び、教室がシンと静まり返る。
ラネットの言葉は、鋭い刃物のように新入生たちの心に突き刺さった。
彼らは、自分たちが、ただ力押しで突破しようとしただけの「脳なし」だったという事実に、打ちのめされていた。
「ただ、戦いを避けるのが正解といっても、逃げようとしたうえにそれすら失敗した、度胸も能力もないようなクズ以下の論外は既にアカデミーを去っているがな」
ラネットの言葉に、新入生たちの間に緊張が走る。
確かに、羊皮紙には内容が酷い場合は退学処分と記されていたが、どこかでそんな事は流石にないだろうと考えていたところはあった。
だからこそ、入学早々、容赦なく退学処分になった者たちがいるという事実に、彼らは戦慄していた。
改めて王立魔術アカデミーの厳しさを思い知らされたのである。
「つまり、貴様らはクズの脳なしなりにアカデミーの生徒として認められたことになるわけだが……先ほどの魔物の餌にもならないような質問といい、やはり私には納得できない」
ラネットの不穏な発言に、教室は再びざわめき始める。
彼女の言葉は、新入生たちの不安を煽り立てるものだった。
しかし、ラネットは、生徒たちの反応を無視して、言葉を続けた。
「そこで、だ。私は更に数を減らすことにした」
ラネットの言葉に、教室のざわめきはピタリと止まった。
今度こそ、教室内は深い静寂に包まれた。
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