第23話 門番

 ルクスは声がした方へと、ゆっくりと振り返る。

 そして、高笑いの主の姿をみて、小首を傾げた。


「……?」

「どうした、ルクス! まさか、この僕の顔を忘れたとは言うまいな?」

「いや、そういうわけでは……兄上、ですよね?」


 不満そうな問いに、ルクスはどこか自信なさげに兄──アルトだと答える。


 自信なさげであったのは、目の前のが、ルクスの記憶の中にあるアルトの姿とかけ離れていたからだ。


 2年の月日を経て、身長が大きく伸びたのもあるが、それだけではない。

 肩幅をはじめとして、全体的に体格が随分と立派になり、明らかに筋肉量が増えている。

 髪型や顔立ちこそアルトの面影があるが、それ以外はゴルディオだと言われた方がしっくりとくる風体へと変化していた。

 

「その、最後に会ったときから、大きく? なったものですから」

「ふはは! それならば仕方がない! 2年間、心身、魔術共に修練を欠かさなかったからな!」

「そうですか……それより、門番というのは兄上のことで?」

「その通り! と言いたいところだが、僕だけではない。

 新入生クラス分けテストの門番は、僕を含めた5名の生徒会役員が務めている。誰に当たるかはランダムだがな!」

 

 アルトは、ルクスの問いに胸を張って答える。

 肉体的には別人クラスに成長しても変わらないアルトの態度に、ルクスの顔には思わず笑みが浮かぶ。


 だが、穏やかな雰囲気になりかけたところで、アルトが臨戦態勢を取り始める。


「とまあ、説明はこれぐらいでいいだろう! 行くぞ! 生命活性ヴァイタカルティス!」


 開戦の掛け声と共に、ルクスの視界からアルトの姿が消えた。


「……? っ!!」


 あまりにも速すぎる動きに、ルクスは思考が追いつかない。

 しかし、長年培ってきた戦闘本能が、危険を察知し、ルクスの身体は反射的に後ろへ飛び退いた。

 

 ドカン! 目の前で轟音が鳴り響き、土煙が舞い上がる。

 ルクスが先ほど立っていた場所には、アルトが拳を叩きつけており、それを中心にクレーターができていた。


「よく避けた。いい勘だな!」


 地面を殴りつけたままの体勢で、アルトは余裕たっぷりにルクスを称賛する。

 しかし、ルクスからそれに応える声はない。


(あの速度に、拳打の威力……身体能力を強化する類の魔術か? 近接戦闘か、盲点だったな)


 長い詠唱が伴う神代の魔術とは異なり、現代魔術は、手軽な遠距離攻撃の手段となりうる。

 わざわざ魔術で強化してまで、近接戦闘を選ぶメリットはほとんど無い。

 しかし、裏を返せば、対策されていないため、距離さえ詰められれば独壇場だ。


(いや……そんな事より、殴るまでの一連の流れに魔力を感じなかった。

体内で魔術が完結しているのか? だとすれば──)


「いつまで考え込んでいるのだ!!」

「っ!?」


ブンッと風を切る音と共に、アルトの回し蹴りが、ルクスの顔の前をスレスレで通り過ぎる。


「僕の役割はあくまで、ここを通さないことだ。お前が突っ立っているだけならば、僕がすべきことはないのだが? 他の新入生の相手でもしようか!」

「……すみません、悪癖です。つい気になってしまう。通りたいので、戦いましょう」


 アルトは満足そうに笑いながら、再び戦闘態勢に入る。


「ふふ、では今度はこちらから…… 現式・黒乗纏火モーダスタ・アンピクスアマット


 ルクスは、詠唱と共に全身に魔力を巡らせると、漆黒の炎が渦を巻くようにして彼の身体を包み込む。

 纏った黒炎は、ルクスの意思に従うように形を変え、まるで鎧の様な形状に変化する。


「ほほう? 面白い魔術だな! それが、お前の2年間の成果というわけか!」

「ええ、兄上が発ってから色々ありまして」

「ふむ、詳しく聞きたいところだが、それは後でゆっくりとだなっ!!」


 アルトは、そう言いながら、再びルクスに向かって突進してきた。


 相変わらず肉眼で捉えることはできないが、ルクスは、黒炎を腕に集めると、それを正面に突き出し、そのまま前方へと放った。


 とくに策があったわけではない。アルトならば、小細工なしで正面から突っ込んでくるだろうという、ある種の信頼によるものである。


 ルクスの目論見通り、黒炎は正面から突っ込んで来ていたアルトに向かって飛んでいき、彼を飲み込んだ。

 しかし──


「素晴らしい魔術だ! だが、甘いぞ! ルクス!」


 アルトは、腕を交差させながら黒炎の中を突っ切り、そのままルクスの懐に飛び込んできた。

 そして、黒炎を纏ったルクスの胴体に、強烈な一撃を叩き込む。


「うぐっ……!?」


 黒炎の鎧のおかげで致命の一撃は免れたものの、アルトの拳は重い。

 ルクスは、衝撃で数歩後退してしまう。


「無傷……?」

「いや、効いたぞ! ただ、僕の生命活性ヴァイタカルティスの治癒速度が上回っただけだ!」

「……なるほど、治癒能力も向上するんですね」


 ルクスは小さく唸りながら、アルトの身体を改めて観察する。

 深紅の制服は黒炎で所々焼けてしまっているが、肌にはやけど一つない。


(純粋に現式モーダスタでは火力不足か……とはいえ、未完成のものに頼るわけにはいかないし、神式イドラスタしかないか。

 何とかして、詠唱する隙を作らなければ……)


 ルクスは、次の手を考えようと、アルトの姿を探す。

 しかし、アルトの姿はどこにも見当たらない。

 ルクスが思考を巡らせているうちに、次の行動に移っていたようだ。


(しまっ──)


 目を離してしまったことに気がついた瞬間、腹回りお首元に強い圧迫感をおぼえた。

 しだいに、呼吸が苦しくなり、思考が鈍っていく。


「考え込むなと、言ったはずだ!」


 すぐ後ろ、耳元からアルトのやかましい声が聞こえたので、振り向こうとするが頭が動かない。

 目玉だけを動かし、圧迫感を感じた首元と腹回りを確認するために、視線を下ろしてみれば、首元には真紅のジャケットの袖が、腹回りには黒いパンツが目に入る。

 

 ルクスは、そこでようやく自分がアルトに組み付かれ、締め技をくらっていることに気がついた。


「っ……か、ぁ」


 呼吸はどんどん苦しくなり、視界がぼやけていく。

 脳に酸素が行かなくなり、最早まともに思考することはままならない。


(どう、りで……倒れている、奴らが……無傷……だっ、たわけ、だ)


 意識が朦朧とする中、ルクスは、門の前に倒れていた新入生たちの姿を思い出していた。

 彼らには外傷らしい外傷はなかった。

 魔物に襲われたにしては不自然だと思っていたが、アルトに絞め落とされたのだとすれば納得がいく。


(……く、そ)


 ルクスは、意識が完全に途切れる寸前まで、抵抗しようと藻掻いた。

 しかし、アルトの締め付けは容赦なく、やがて、ルクスの意識は闇に沈んでいった。


 

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