第22話 クラス分けテスト

 ルクスは、目の前に広がる光景に、思わず唸った。

 視界一面に広がるのは、見渡す限りの深い森。木々が鬱蒼と生い茂り、太陽の光さえ遮っている。


 肌を刺すような冷たい空気、生温い土の匂い、そして、遠くから聞こえてくる獣の唸り声。


「講堂から、ここまで場所に転移させられたのか……」


 ルクスは、数分前にいた講堂の喧騒を思い出し、軽くため息をついた。

 教頭が魔法陣を展開したと思ったら、次の瞬間には、この場所にいたのだ。


 周囲を見渡すが、他の新入生の姿は見当たらない。

 どうやら、転移の際にばらけさせられたらしい。


「まあ、いい。取り敢えずは……」


 ルクスは、胸ポケットに手を突っ込む。

 中から、一枚の上質な羊皮紙が出てきた。

 教頭が言っていた、クラス分けテストの概要が記された紙だ。


 ルクスは、紙を広げると、そこに書かれた内容をざっと確認した。


『これはクラス分けテストである。

 諸君らの課題ら、森を抜けて、王立魔術アカデミーまで戻ってくること。ただそれだけである。

 制限時間は日没まで。間に合わなかった者は落第としDクラス、または、内容が酷いと判断された場合は、退学処分とする。


 また、森の中には、多少の魔物が生息しているので、油断しないように。

 アカデミーの手前には、各ルートごとに強力な門番が配置されているので注意すること。

 他の受験者を探して協力して進むのも、単独で進むのも自由である。

 ご武運を祈る。』


「ルールは単純だな。しかし……門番か。

 魔物とは別に用意されているのか?」


 ルクスは小さく呟くと、羊皮紙を懐にしまい、軽く肩をすくめた。

 幸い、建物が高いアカデミーはここからでもよく見える。

 おそらく、迷うことはないだろう。


「行けばわかるか、時間制限もあることだしな」


 ルクスは、軽くストレッチをすると、アカデミーが見える方向へと足を進めた。


 木漏れ日が差し込む森の中は、昼間だというのに薄暗く、ひんやりとした空気が漂っている。

 足元には、枯れ葉や枝が散乱しており、一歩進むごとにカサカサと音を立てる。

 ルクスは魔力を張り、警戒しながら歩いて行く。

 

 しばらく歩いていると、ルクスの鋭い感覚が、微かな魔力の反応を捉えた。

 木々の奥から、ゆっくりと、こちらに向かってくる気配。

 数は三体。足音から察するに明らかに人間大ではない。


「魔物か、すでに狙いをつけられているな」


 ルクスは立ち止まり、木々の奥に視線を向ける。

 次の瞬間、木々を薙ぎ倒すようにして、3体の魔物が飛び出してきた。


 鋭い爪と牙を持つ狼のような魔物。

 体中を硬い鱗で覆われた熊のような魔物。

 そして、巨大な翼を広げた鳥のような魔物。


「明らかな別種で徒党を組んでいる……調教されているのか? いや、それにしても……随分弱いな」


 ルクスとて警戒を解いたわけではないが、魔物たちから感じられる魔力は微々たるものだ。

 目の前にいるレベルの魔物ばかりであれば、新入生誰一人の脅威にはならないだろう。


「見た目は悪くないんだがな」


 ルクスは小さく呟くと、魔物に向かってゆっくりと歩み寄る。

 狼型の魔物は、鋭い牙を剥き出しにして威嚇するように唸り声を上げる。

 熊型の魔物は、硬い鱗を立てて、地面を力強く踏み鳴らす。

 鳥型の魔物は、鋭い爪を立て、獲物を狙うように空を旋回する。


「まあ、安全のためか」


 ルクスは、そう呟くと、軽く右手を掲げた。

 掌に魔力を集めると、指先から小さな火花が散る。


「……こんなもので十分だろう」


 次の瞬間、ルクスの掌から、炎の弾丸が放たれた。

 炎の弾丸は、正確に狼型の魔物の額に命中し、そのまま燃え広がる。

 なんて事のない初級魔術の応用でしかないのだが、狼型の魔物は、悲鳴を上げる間もなく、炎に包まれ、灰と化して消え去った。


 弱いというルクスの判断は間違っていなかったようだ。


「グオォォ!!」


 仲間の死を目の当たりにした熊型と鳥型の魔物は、怒り狂ってルクスに襲い掛かってくる。

 熊型の魔物は、巨体を揺らしながら突進し、鋭い爪でルクスを引き裂こうとする。

 鳥型の魔物は、空から急降下し、鋭い嘴でルクスの頭部を貫こうとする。


 しかし、どちらの動きもそこまで素早くない上に、あまりに直線的で読みやすい。


 熊型の魔物が、あと一歩のところまで迫ると、ルクスは軽く身体を横に移動させる。


 熊型の魔物は、ルクスの動きを読み切れず、そのまま勢い余って、地面に突っ込んでしまった。


「隙だらけだな」


 ルクスは、転倒した熊型の魔物の腹部に、炎の弾丸を叩き込む。

 熊型の魔物は、苦痛に悶えながら、地面を転げ回る。

 そして、やがて、狼型の魔物と同じように、炎に包まれ、灰と化して消え去った。


「残るは……」


 ルクスは、いつの間にか距離をとっていた鳥型の魔物に視線を向ける。

 鳥型の魔物は、自分は関係ないとでも言わんばかりに、怯えた様子で上空を旋回している。


「逃げるか? それとも──」


 ルクスが言葉を紡いでいるうちに、鳥型の魔物は、逃げるように森の奥へと飛び去っていった。


「……賢明な判断だ」


 ルクスは、鳥型の魔物の後ろ姿を、少しだけ寂しそうに見送った。

 そして、再びアカデミーに向かって歩き始めた。



◇ ◇ ◇



 その後も、ルクスは、森の中で数体の魔物と遭遇する。

 しかし、どれも弱い魔物ばかりで、ルクスにとって脅威となるものはなかった。

 ルクスは単調な作業に飽き始め、ため息をつく。


「はぁ……魔術の発展に対して、魔物は随分と……いや、この森の奴らだけで判断するのは早計か」


 ルクスは、単調な魔物退治に飽き飽きしながらも、アカデミーを目指して森の中を歩き続ける。


 木々の隙間から、アカデミーの尖塔がはっきりと見えるようになってきた。

 森を抜けるのも、時間の問題だろう。


「さて、そろそろ──っ」


 そろそろ着く頃かと呟こうとして、ルクスは、息を呑んだ。

 

 ルクスと同じく、クラス分けテストに臨んでいたであろう新入生が十数人ほど、意識を失い、地面に倒れていたからである。


「気絶、しているな……外傷も目立つものは無い。魔物にやられたとも考えらないな」


 ルクスは改めて警戒を強めながら、ゆっくりと周囲を見渡す。


「一体何が……いや、考えられる可能性は──」


「フハハハハ! まさか、お前が僕の担当ルートに来るとはな!! これが運命か!」


 ルクスが状況を把握しようと、思考を巡らせていると、背後から高笑いが聞こえてきた。


 そのやかましい高笑いは、ルクスにとって聞き慣れたものであり、同時に懐かしいものであった。

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