第11話 入学試験
エルフィンストン家の紋章が刻まれた、黒塗りの魔導車が、舗装された道を滑るように進む。
行き先は、言わずと知れた、王立魔術アカデミー。
ゴルディオとの特訓から約半年。
本日は、アカデミーの入学試験が執り行われる日である。
そんな勝負の日。
緊張しているかと思いきや、ルクスは車窓の外を流れる景色を眺めることに夢中だった。
王都の豪勢な邸宅群や、街路樹の緑が美しい並木道、行き交う人々に、屋台で売られている食べ物などを興味深そうに眺めている。
(屋台で売っている串焼きみたいなやつ、うまそうだったな……何の肉だ?)
そんな呑気なことを考えているルクスに、同行者のエマは苦笑しながら話しかけた。
「ルクス様、緊張されていませんか?」
「そう見えるか?」
「ええ。普段よりも、そわそわ、落ち着きがないというか……」
「そうか? 緊張はしてないが……楽しみではあるな」
ルクスの言葉に、エマは少しだけ目を丸くする。
王立魔術アカデミーの入学試験は、魔術師を目指す者にとって、人生を左右する一大イベントだ。
それなのに、ルクスはまるで、遠足にでも向かうかのように、ワクワクした様子を見せている。
「そ、そうですか。ルクス様は本当に、大物かもしれませんね」
「はは、大物かどうかは分からんが……まあ、試験自体は遊びではないからな。気を引き締めよう」
ルクスは、冗談めかして言いながらも、その表情は真剣そのものだ。
カレンやアルトとの約束、両親の期待。どれも裏切るわけにはいかない。
「しかし……実技試験のみとはな」
「担当する試験官によって、毎年内容は変わりますからね。私やアルト様の時は学科試験もありましたが……あ、そういえば」
「そういえば?」
ルクスの言葉に、エマは少しだけ神妙な面持ちになり、言葉を続ける。
「噂によると、今年の試験官は、アカデミー現生徒会長のフィルフィー・モルテック様らしいですよ」
「生徒会長? という事は学生か?」
「はい。ただ、史上最年少で国聖十魔将に選定され、その勢いで第三席まだ上り詰めた才媛ですから。もしかしたら適任かもしれないですね」
「ほう…… 国聖十魔将」
エマの説明に、ルクスは小さく息を吐いた。
国聖十魔将といえば、王国において最も優れた10人の魔術師に与えられる称号だ。
アカデミー在籍中の10代の若者が、そこに名を連ねているだけでも驚きだが、第三席ということは、相当の強者である事に違いはない。
「まあ、何にせよ……全力で臨むだけだな。それに、実技試験のみであれば、いろいろと試せそうだ」
「ふふ、そうでした。ルクス様にとっては、おあつらえ向きでしたね」
エマの言葉に、ルクスは小さく頷きながら、窓の外に視線を戻す。
相変わらず、緊張している様子は微塵もないが、当初の様な呑気さは無い。
ルクスは、これから始まる試験に対して、純粋な好奇心と挑戦心を燃やしていた。
◇ ◇ ◇
魔導車は、やがて、広大な森に囲まれた、王立魔術アカデミーの敷地内へと入っていく。
高くそびえる古代樹の間を縫うように整備された石畳の道。
道の両脇には、色とりどりの花々が咲き乱れる庭園が広がり、ルクスは、その美しさに感嘆の声を漏らす。
「ほう……これが王立魔術アカデミーか。なかなか良い眺めだな」
エルフィンストン家の屋敷も、相応の規模と格式を誇ってはいたが、アカデミーの広大さと歴史を感じさせる重厚さは、屋敷の比ではない。
「それでは、ルクス様。私はここまでです。ご武運を」
「ああ。ご苦労だった」
魔導車が王立魔術アカデミーの正門前に到着すると、エマは深々と頭を下げ、ルクスに別れの言葉を告げた。
ルクスは、軽く会釈を返すと、堂々と魔導車から降り立つ。
門前には、既に多くの受験者が集まっており、それぞれの緊張と興奮が入り混じった、独特の熱気に包まれていた。
(なるほど、壮観だな……!)
ルクスの視界に飛び込んできたのは、まさに圧巻としか言いようのない光景だった。
色とりどりの髪の色、様々な服装をした同年代の男女が入り乱れている。
平民と思しき質素な服装の人物もいれば、高貴な装飾品で着飾った貴族らしき人物、更には、服と呼べるかすら怪しいボロ布を身につけた貧民さえいた。
身分を問わない完全実力主義を掲げているだけはある。
(だが、カレンは別日程か……まあ、まだ再会には早いか)
ルクスは、人混みの中からチラリとカレンを探してみるが、見当たらない。
試験は3日間行われるので、ルクスとは別日に受験するのだろう。
そのまま周囲を見回していると、近くで話していた受験者たちの会話が耳に入ってきた。
「おい、聞いたか? 今年の試験官は、フィルフィー・モルテックらしいぞ」
「はは、冗談だろ? ただの噂だ」
「本当らしいぜ。俺の兄貴が、アカデミーの事務員やっててな。例年通りの試験に苦言を呈したとか何とかで……」
「ほぉ……?」
受験者たちは、口々に不安を漏らしながら、フィルフィー・モルテックという人物についての噂話を始める。
これから、噂話がどんどん盛りあがろうという瞬間だった。
「はいはーい。静かにしてねー」
高台に設置された試験官席に向かって、階段を軽快に上がってくる人影があった。
人影は、徐々にその姿を現し、騒がしかった受験者たちは、その人物を見て一斉に口をつぐんだ。
そこに立っていたのは、10代半ばほどの年齢の少女――フィルフィー・モルテックだった。
透き通るような白い肌。吸い込まれそうなほどに深く青い瞳。
そして、腰まで届く薄い水色の髪。
まるで、この世のものとは思えない美しさだった。
「はい、皆さんご存知フィルフィー・モルテックだよ。第……何回だったかな。
とにかく、今年度の試験官を務めます。よろしくねー」
フィルフィーは場違いな程に軽い調子で自己紹介をする。
しかし、フィルフィーの軽い調子とは裏腹に、その場にいた誰もが彼女の言葉に、空気が一瞬にして張り詰めるのを感じていた。
そんな様子に満足したのか、ふっと一瞬笑ってから、右手を上に掲げた。
「まあ、長々と話すこともないからねー。早速はじめよっか……
フィルフィーの詠唱が終わると同時に、訓練場全体を氷点下まで冷え込ませるほどの冷気が吹き荒れる。
あまりの寒さに、吐く息が白く染まり、地面にはうっすらと霜が降り始めた。
そして、フィルフィーを中心とした半径10メートルほどの地面が、轟音と共に隆起していく。
「な、なんだ……!?」
「地面が……!?」
何が起こっているのか理解できない受験者たちは、騒ぎ始める。
そんな受験者たちをよそに、隆起した地面は巨大な氷柱へと姿を変え、その氷柱から、人型のゴーレムが次々と生み出されていく。
ゴーレムは、大小様々だが、いずれも身長2メートルを超えており、全身が分厚い氷の鎧で覆われている。
その数は、優に100体を超えている。
「試験内容は至極簡単! この砂時計が落ち切るまでの制限時間内に、好きに動いてもらうよ……戦ってもいいし、逃げまわってもいい。私が、君たち一人一人の動きを見て合否を判断させてもらうからねー」
フィルフィーは、悪戯っぽい笑みを浮かべながら、そう告げると、高台に設置された巨大な砂時計をひっくり返した。
サラサラと砂が音を立てて落ちていく。
受験者たちは、フィルフィーの言葉に、一瞬だけ静まり返った。
次の瞬間、訓練場は、受験者たちの困惑と怒号、ゴーレムたちの咆哮が入り混じる、混沌の渦と化した。
「ふふ、面白い試験じゃないか。それに、この魔術……これが国聖十魔将というやつか。何とも素晴らしい……!」
ルクスは、他の受験者たちを尻目に、興奮気味に呟く。
「いいものを見せてもらった礼だ。せっかくだから……少し派手に試してみるとしよう」
ルクスは、全身に魔力を巡らせながら、不敵に笑うのだった。
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