第10話 父親らしく
「まったく、あなたは……」
ルクスが気を失ってから数分後。
エマに車椅子を押されながら、訓練場へやってきたキレアは、ため息交じりに呟いた。
その視線の先には、気絶したルクスを見下ろしながら立ち尽くすゴルディオがいる。
「こんな強引な真似をしないと、素直に手解きも、してあげられないのかしら」
キレアの言葉に、ゴルディオはバツが悪そうに目を逸らす。
普段は威厳に満ち溢れた辺境伯である彼も、妻の前では少しばかり肩身が狭いようだ。
「はぁ……エマさん、悪いけどルクスを医務室まで運んでちょうだい。私はここまででいいから」
「しょ、承知しました」
キレアの言葉に、エマは慌てて返事をすると、ルクスを抱え上げて医務室へと運び始めた。
その後ろ姿を見送ると、キレアは車椅子をゆっくりと回し、濁った右目でゴルディオを見据える。
ゴルディオはその視線を受けて、バツの悪そうな顔をしながら口を開く。
「……なあ、キレア。後でルクスの奴に──」
「ダメよ。自分で伝えなさい」
「……まだ何も言っていないが」
「分かるわよ。ルクスのことを代わりに褒めてくれ、でしょ?」
「……む」
ゴルディオは、図星を突かれて黙り込んだ。
「まったく、あなたは……いい歳をして、どうして素直になれないの?」
「しかし、だな……」
ゴルディオは、ルクスのことを認めたくないわけではない。
むしろ、内心では、落ちこぼれだった息子の予想外の成長に驚き、誇らしくも思っている。
しかし、長年、厳格な父親として振る舞ってきたゴルディオにとって、素直に息子を褒めるというのは、想像以上に難しいことだったのだ。
「……どうすればいい?」
少しの間黙りこくってから、ゴルディオは、絞り出すように呟く。
キレアは、そんな彼の言葉に、柔らかな笑みを浮かべた。
「簡単よ。あなたの言葉で、ルクスに伝えればいいの。上手く話す必要はないわ」
「そう、なのか?」
「ええ。今まで、あの子を褒めたことなかったでしょう? 少しは父親らしく、ね? 頑張って」
キレアは、そこまで言うと、ゴルディオの胸を軽くトンッと叩いて、車椅子をこいで訓練場を出ていった。
その背中を見送りながら、ゴルディオは小さく呟いた。
「……父親らしく」
◇ ◇ ◇
薄暗い医務室のベッドの上で、ルクスはゆっくりと目を開けた。
天井に設置された魔石灯の光が、眩しく感じる。
「ん……?」
ルクスは、状況を把握しようと、ゆっくりと起き上がろうとする。
しかし、全身に激しい痛みが走り、思わず呻き声を上げてしまう。
「……っ、つぅ……」
「目が覚めたか」
聞き覚えのある低い声が、ルクスの耳に届いた。
ルクスが、声のする方へゆっくりと視線を向けると、ベッドの脇に置かれた椅子に座るゴルディオの姿があった。
「父上……?」
ルクスは、まるで看病をしていました、と言わんばかりに、ベッドの脇に座るゴルディオの姿に困惑を隠せない。
「どうして、ここに?」
「よくやった」
「は、はい?」
ルクスの問いかけに答えることなく、ゴルディオは唐突にそう言った。
ルクスは、ゴルディオの言葉に、ますます困惑を深める。
「えっと、一体、何が?」
「む……」
ゴルディオは、ルクスの言葉に、わずかに顔をしかめる。
キレアの言う通りに、息子の成果を褒めようとしたものの、長年の癖で素直な言葉が出てこない。
(……アルトとは、勝手が違う)
「父上?」
再び黙り込んでしまったゴルディオに、ルクスは恐る恐る声をかける。
すると、ゴルディオは、大きく息を吐くと、ルクスに向き直った。
「……あの黒い炎を纏う魔術は、お前が考えたのか」
「はい。詳しいことは言えませんが……あ、でも父上の話から着想──」
「すごいぞ、ルクス」
ルクスが説明をしようとすると、ゴルディオが、遮るようにそう告げた。
ルクスは、その言葉に驚き、目を丸くする。
ゴルディオは、ルクスの反応を気にする様子もなく、言葉を続けた。
「正直、驚いた。神代魔術を踏襲しているのだろう、大した発想力だ。私には考え付かなかった事だ。
制御など難点は見受けられたが、あれほどの魔術を扱えるようになったのは、評価に値する。だから…………すごいぞ、よくやった。ルクス」
ゴルディオは、言葉を詰まらせながらも、ルクスに向かって、言葉を続けていく。
彼なりに精一杯の、息子への賛辞だった。
「言ったことも訂正する。お前は魔術師になれる。その素質は十分にある」
「父上……ありがとうございます。
ですが、まだ満足していません。もっと、もっと上を目指します。私が目指すのは魔術師の頂点ですから」
ルクスは、ゴルディオに向かって、力強く宣言する。
「……そうか」
ゴルディオは、そんなルクスの言葉に、満足そうに頷いた。
「近いうちに、アカデミーの入学試験がある。それまでに、あの魔術を形にしろ。
そして、アカデミーで、お前自身の力で、未来を切り開け。ルクス」
「はい! 父上!」
ルクスは、力強く答えると、ベッドから勢いよく立ち上がった。
全身に激痛が走るが、ルクスの表情は、晴れやかだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます