第9話 次世代の魔術
魔術師になれない。
容赦のない言葉だ。しかし、ルクスはゴルディオの言葉に、妙な納得感を覚えていた。
(ああ、そうか……そうだな)
確かに、今のルクスでは、ゴルディオに現代の戦いには通用しない。
それは、2度の攻撃で嫌というほど思い知らされた。
無詠唱はもちろん、予備動作すら最小限。
神代の魔術師では到底対処できない代物だ。
「しかし……」
ルクスは、ゆっくりと息を吸い込むと、ゴルディオに真っ直ぐな視線を向けた。
「諦めるには、まだ少し早いでしょう?」
「……」
ゴルディオは、ルクスの言葉に無言で眉をひそめる。
残酷な現実を叩きつけたはずのルクスの瞳に宿る、微塵の迷いもない強い意志に、彼は驚きを隠せないでいた。
少しの沈黙が流れた後、ゴルディオが再び口を開く。
「……では、いいことを教えてやろう、ルクス。魔術師は、基本となる体系を土台に、自身に最適化された固有魔術を作り出す」
「唐突ですね」
「……黙って聞け」
ルクスの言葉に、ゴルディオはわずかに顔をしかめたが、すぐに気を取り直して言葉を続ける。
「魔術書に載っているような基本体系は、この時代だ。大抵は魔道具で再現できてしまう。
故に、魔道具では再現できない。その者だけの唯一無二の魔術……それこそが、魔術師と呼べる者の証なのだ」
そこまで言って、ゴルディオはゆっくりとルクスへ向かってゆっくりと歩み寄ってくる。
そして、さらに言葉を続けた。
「お前ほどの年齢なら、既に固有魔術を開発している者がほとんどだ。だからお前は……む?」
ゴルディオの言葉は、そこで途切れた。
ルクスが、一切の反応を示さなかったからだ。
別に、ゴルディオの言葉に、衝撃を受けていたわけではない。
なにしろ、ルクスの口元には笑みが浮かんでいる。
(固有魔術だと? 自分だけの魔術だと? 技術体系の有無こそあるが、そんなのまるで……神代魔術ではないか。はは……そういうことだったのか)
ルクスは、神代における魔術師の記憶を辿る。
神代において、魔術師たちはそれぞれが、独自の魔術体系を構築し、己の肉体と精神を極限まで高めることで、唯一無二の魔術を生み出していた。
ゴルディオの言うところの固有魔術は、まさに神代魔術の根幹をなす概念とそっくりだったのだ。
(なんだ……簡単じゃないか。どうしてもっと早く思い当たらなかったのか)
「聞いているのか? ルクス」
ゴルディオの言葉に、ルクスは我に返る。
「ああ、聞いていますとも。父上。
……少し、いいことを思いついたので」
ルクスは、不敵な笑みを浮かべながら、ゴルディオに答える。
ルクスの脳裏には、キレアの言葉が蘇っていた。
『ルクス、自分で自分の可能性を狭めないで』
(そうだ……何事も試してみなければ)
ルクスは、今まで、神代魔術と現代魔術を、全く別のものとして捉えすぎていた。
しかし、魔術は魔術だ。
時代や体系が違っても、その根底に流れる法則は、きっと同じはず。
ならば──
「現代と神代……混ぜてしまえばいい」
ルクスは静かに呟く。その瞳は、底知れぬ熱意を孕んでいた。
「何をブツブツと喋っている?」
ゴルディオは、思考に耽るルクスに問いかけた。
しかし、その問いかけに答えることなく、思考を加速させていく。
(神代魔術の出力と威力、現代魔術の精密性と効率を両立させた、次世代の魔術……!)
ルクスの脳内で、神代と現代、二つの魔術体系が、複雑に絡み合いながら、全く新しい一つの形へと収束していく。
(だが、いきなりは無理だ。詠唱、限界まで縮めて三節くらいか? あとは代償だ。身体でも喰わせてやればいいだろう)
まさに未知の領域。
成功すれば、それこそシャイナ以来の、魔術の歴史を塗り替えるほどの偉業となるだろう。
「焔、黒染、被食」
限界まで縮めた三節の詠唱。
次の瞬間、ルクスの周囲の空気が一瞬にして熱を帯び、彼の足元から黒い炎が渦を巻くように立ち昇る。
その炎は、まるで生き物のよう蠢き、唸りを上げるように燃え盛る。
魔術によって生み出された物だとしても、明らかに異質だ。
「っ……!?」
ゴルディオは、予想だにしなかった事態に、思わず息を呑んだ。
彼の視界に映るのは、燃え盛る黒炎に包まれながらも、不気味なほどに落ち着き払ったルクスの姿。
黒炎は、ルクスの体を舐め尽くすことなく、まるでルクスの意思に従うかのように、うねりながら形を変えていく。
そして、それはみるみるうちに巨大な獣の頭部のような形を形成すると、ルクスをその中に鎮座させた。
「お前……」
「どうでしょうか、父上? これが、私の固有魔術……とは違いますが。まあ、その第一歩です」
ルクスは、黒炎の獣の口元から、そう告げる。
(っ……言ったはいいが、現状長くは続けられんな)
ルクスは、全身を灼熱の炎が焼くような激痛に耐えながら、それでも、どこか嬉しそうに笑みを浮かべていた。
「……いいだろう、ルクス。試してみせろ。その魔術がどれほどのものか、私に見せてみろ」
ゴルディオは、僅かに驚きを滲ませた表情をすぐにいつもの無表情に戻すと、ルクスに向けて右手を掲げた。
その手には、再び、目に見えない空気の弾丸が生成されようとしていた。
「望むところです」
ルクスは、黒炎の獣の口を大きく開けると、ゴルディオに向かって咆哮を上げた。
「グオォォ!!」
次の瞬間、黒炎の獣の口から、黒い炎の奔流が解き放たれた。
それは、ゴルディオの放った空気の弾丸をいとも容易く呑み込み、さらに勢いを増しながら、彼に襲い掛かる。
「強引な……!」
ゴルディオは、僅かに目を見開きながら、右手を大きく振りかぶった。
すると、ルクスの放った黒炎の奔流を遥かに上回る規模の、空気の奔流が巻き起こる。
それはまるで巨大な竜巻のように渦を巻き、結界で守られているはずの床を剥がしながら、黒炎の奔流に真っ向から激突した。
凄まじい轟音が訓練場に響き渡り、黒炎と空気の奔流がぶつかり合う場所からは、閃光が走る。
やがて、轟音と閃光が収まると、黒炎の奔流は消え、ゴルディオが放った空気の奔流もまた、跡形もなく消え去っていた。
「やるじゃないか、ルクス」
ゴルディオは、微かに息を荒げながらも、その場に立っていた。
彼の顔には、驚きと、そして、わずかながらだが、興奮の色が浮かんでいた。
しかし、その表情はすぐに困惑に変わる。
「? どこへ──」
ゴルディオが警戒を解いたその瞬間だった。黒炎の獣は音もなく背後に移動すると、巨体を揺らして再び炎弾を放とうとしていた。だが、炎弾が放たれるよりも早く、ゴルディオは僅かに振り返り呟く。
「
次の瞬間、訓練場内の空気が一瞬にして凍りついたようになり、ルクスの視界が歪む。
「なっ……ぁ、か」
そして、意識が闇に落ちていく。最後に聞こえたのは、ゴルディオの呆れたような、それでいてどこか嬉しそうな声だった。
「……興奮しすぎだ。だが、悪くなかったぞ」
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