第12話 入学試験②

「焔壊巡りて、黒陽来たる」


 混沌と化した会場に、ルクスの詠唱が静かに響く。

 それは、騒がしい受験者たちのざわめきをかき消すには至らない。

 氷のゴーレムと戦ったり、逃げ惑ったり、あるいは諦めて突っ立っていたりする受験者たちは、誰もが異端であるはずのルクスの詠唱に気を留めていなかった。


「神位へ還り、万象を焼き尽くさん……!」


 ルクスの詠唱が最高潮に達した瞬間、彼の周囲の空気が一瞬にして熱を帯び、禍々しい黒炎が渦を巻くように立ち昇る。

 黒炎は、大きくうねりながら、その熱により周囲の空間を歪ませ、巨大な球体を形成していく。


 周囲の温度が急上昇し、受験者たちは、熱気と黒炎の放つ異様な魔力に、ようやく異変に気が付いた。


「な、なんだ……あの魔術!?」

「固有か!?」


 口々に驚愕の声が上がる。

 しかし、ルクスは、そんな周囲の声など我関せず、ただ一点、黒炎の球体に意識を集中させていた。


「……神式・黒焼陽丸イドラスタ・アングレオーラム


 ルクスの声と共に、黒炎の球体が解き放たれる。

 凄まじい轟音と熱を巻き起こし、氷のゴーレムたちを飲み込みながら、会場を縦断していく。


「っ……詠唱を伸ばし、神代魔術に寄せてみたが、は避けられないか……無駄も多い。人形以外には通用しないな」


 黒炎の球体がゴーレムの約半数を焼き払ってから、その勢いをおさめると、ルクスが自身の左腕を眺めながら呟く。

 彼の左腕は、先ほど放った魔術の反動により、真っ黒に焦げ、煙が立ち込めていた。

 

「おー、やんちゃすんねえ。お貴族様よ。大事なお身体何だからよ、ちったぁ気ぃ使ったらどうだい?」


 ルクスが呟きながら、次の魔術の発動準備をしていると、背後から軽薄そうな口調で話しかけてくる者があった。

 警戒しながら振り返ると、飄々とした雰囲気の少年が、面白がるようにルクスを見ていた。


「お前は?」

「そりゃあアンタと同じ、受験生さ。名前はケイ。ま、アンタみてえに、お上品な育ちじゃねえけどな。薄汚え貧民さ、見りゃわかるだろ?」


 ケイと名乗った少年は、身につけている薄汚れた茶色のローブを指差しながら笑う。

 顔つきこそ精悍だが、ボサボサの髪と服装のせいで貧相な印象を受ける。

 しかし、ルクスは、ケイの瞳の奥に、只者ではない光を感じ取っていた。


「上品な育ち……まあ、否定はしないが。それで、俺に何か用か?」

「残り時間、手ぇ組もうぜって提案さ。生き残るためによ」

「……なぜ俺に? いきなりあんな物を放つ狂人だぞ? それに見ての通り、この有様だ。あれを当てにしているのなら、もう使えない」


 ルクスは、ケイに左腕を見せつけながら説明する。

 しかし、ケイは、その様子を見ても気にした素振りを見せず、にやりと口元を歪める。


「いやいやぁ、ご冗談を。まだ、切り札が残ってるとお見受けするぜ? 俺の勘は当たるんだ。

 それにだ、アンタは妙に戦い慣れてる雰囲気だからな。合わせやすいと思ったのさ」

「……まあ、当たりだ。もう1つだけ試してみたいものがある。……分かった、こちらにとっても損はないが……守ってやるつもりはないぞ?」

「そこについちゃ、お互い様だ。安心しな、俺は役に立つ」


 ケイは、そう言うと、ルクスに背中を預けるようにして、氷のゴーレムと対峙した。


「せーのだ。俺も固有を使うからよ、アンタも頼むぜ?」

「分かっている。手を抜くつもりはない」

「そりゃよかった」


 ケイは満足そうに頷くと、ルクスを振り返ることなく、目の前で両手を合わせる

 ルクスもそれに合わせて魔力を巡らせる。


識過集エゴセータ

現式・黒乗纏火モーダスタ・アンピクスアマット

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