第6話 目指すべきは
リビングでの穏やかな時間が流れ、窓の外は茜色に染まり始めていた。
「あー! そろそろ時間だなぁ! そろそろ屋敷へ戻らなければ!」
アルトが妙に芝居がかった言動で席を立ち、キレアの方をチラリと見る。
キレアはそんなアルトの様子にクスリと小さく笑うと、ルクスの方を見て口を開いた。
「ふふ、そうね、もうすぐ日が暮れる。けどその前に……ルクス、少し2人きりで話したいことがあるから、残ってくれる?」
「はい? 一体なんの──」
「ははは! そうですか、そうですか! 母上がそうおっしゃるのであれば仕方がない! 我々は先に魔導車へ戻っておりましょう! 行くぞ、エマ!」
「あ、アルト様?」
アルトはルクスの疑問を遮り、ルクスと同様に困惑するエマの背中をグイグイと押しながら、リビングを出ていってしまった。
バタン、と扉が閉まる音が響く。
静寂に包まれたリビングで、ルクスは困惑したままキレアの方を向いた。
「一体どういうことでしょうか? 母上」
「ふふ、そんなに硬くならないで。少し、あなたとお話がしたかっただけよ」
キレアはルクスの困惑を解きほぐすように、柔らかな笑顔を向ける。
「それは先ほど聞きました。どうして、このようなことを? 兄上とアイコンタクトをしていたように見えましたが」
「めざといわね。ええ、そう。アルトから少し頼まれごとをしていたの」
キレアは、いたずらっぽく微笑みながら、ティーカップに手を伸ばす。 しかし、視線はルクスに向けられたままだった。
「頼まれごと……ですか?」
「ええ。先日、アルトから、あなたの魔術の練習の様子を聞かされてね。
攻撃系の魔術は比較的要領よくこなせるのに、他の魔術の習熟が、妙に遅いと。
だから、元アカデミー教師の母上から何かアドバイスをしてやれませんかって」
ルクスは、キレアの言葉に小さく目を見張った。
アルトが自分のことをそこまで心配してくれていたこと、そして、キレアが元アカデミー教師だったという事実に驚きを隠せない。
「……母上が、元アカデミー教師だったとは、初耳です」
「もう随分昔のことだからね。ルクスに話す機会もなかったし」
「……それもそうですね。それで、一体どのようなアドバイスをしてくださるのですか?」
ルクスは、そこまでで話を切り上げ、キレアに単刀直入に尋ねる。
キレアは、クスリと小さく笑うと、彼の目を見据えて、ゆっくりと語り始めた。
「ふふ、じゃあ、アドバイスの前に質問。
ルクス、あなたは魔術を、どのように捉えているかしら?」
「……どのように、とは?」
予想外の質問に、ルクスは戸惑いを隠せない。
キレアは、そんなルクスの反応にも動じることなく、言葉を続ける。
「魔術を殺し合いのための道具としか、捉えていない。違う?」
「……っ! なぜわかったのですか?」
「これでも、いろんな人を見てきたから、なんとなく分かるの……情けない事に、あなたがなんでそんな考え方になったのかは、分からないけど。まあ、この際それはいいわ」
「……っ」
キレアの言葉に、ルクスは思わず息を呑んだ。
図星を突かれたような感覚に、言葉に詰まってしまう。
確かに、ルクスは魔術を「戦うための道具」としてしか捉えていなかった。
神代という、力こそが全ての世界で生きてきた彼にとって、魔術は、自らの身を守り、敵を倒すための、唯一無二の武器でしかなかったからだ。
しかし、この世界に来てから、ルクスは、魔術に対する価値観のずれを感じ始めていた。
街で見た、人々の生活を豊かにする魔術。
そして、アルトの母を癒したいという純粋な願い。
それらは、ルクスの知っている魔術とは全く異なるものだった。
「……確かに、私は、魔術で人を傷つけることには、全く抵抗がありません。いえ……むしろ、それが本来の使い方とさえ、考えています」
「そう、それよ。その考えが成長の妨げになっていると思うわ。根底にその思想があるから、攻撃魔術以外を扱う時も、同じような魔力の流れにしてしまってるの。おそらく無意識にね」
ルクスの言葉に、キレアは持論を述べていく。そして、少しだけ間を置いてから、言葉を続けた。
「ルクス。魔術は、楽しいものよ」
キレアは、濁った右目でルクスの目を見据えながら、ゆっくりと、しかし、はっきりと告げた。
「例えば、この庭園」
キレアは、そう言うと、窓の外に視線を向ける。
夕日に照らされた庭園では、色とりどりの花々が美しく咲き乱れていた。
「この庭も、私が魔術を使って世話をしてるのよ。
目はほとんど見えないし、自分の足じゃ歩けないけれど、それでも、こうして花を咲かせ、緑を育てることができるの。なんだかんだ言って充実した毎日よ」
キレアは、優しい笑顔で、花々に視線を向けながら、言葉を続ける。
「ルクス、自分で自分の可能性を狭めないで」
キレアの言葉は、ルクスの心に深く突き刺さった。
それは、まるで、閉ざされた心の扉を、ゆっくりと開かれるような、不思議な感覚だった。
(自分の可能性を狭める……)
ルクスは、キレアの言葉の意味を、ゆっくりと反芻する。
今まで、ルクスは、魔術を、ただ力ずくで制御しようとしていたのかもしれない。
戦いの道具として、魔術の力を最大限に引き出すことだけを考えて、その奥深さ、可能性に目を向けていなかったのだ
(……確かにな。俺自身が、シャイナに似たような事を言っていたのに……縛られていたのは俺の方だったか)
ルクスは、不意に、転生する直前にシャイナに伝えた言葉を思い出していた。
『魔術を極め、そして、その先にある新たな可能性を切り開いてみせろ』
シャイナは、言われた通りにそれを成し遂げ、魔術のあり方を根底から覆してみせた。
だというのに、師であったはずのルクスは未だに、殺伐とした神代の感覚に縛られて、足踏みをしている。
「……母上、ありがとうございます。色々見えてきた気がします。少し、考えさせてください」
ルクスは、キレアに向かって、深く頭を下げた。
その表情は、先ほどまでの戸惑いは消え、静かな決意に満ちていた。
「ええ、もちろんよ。けど、焦らないでね。
あなた自身のペースで、ゆっくりと、魔術と……自分と向き合っていけばいいのよ」
キレアは、ルクスの言葉に、満足したように頷くと、優しく微笑みかけた。
「はい、それでは失礼します」
◇ ◇ ◇
別館を後にする頃には、外はすっかり夜になっていた。
ルクスは、エマと共に、アルトが待つ魔導車に乗り込む。車内ではアルトが、いかにも「いい話だったろう」と言わんばかりにニヤニヤと笑っていた。
しかし、それを悟られないようにするためか、ルクスをチラチラと見ては顔を逸らすのを繰り返している。
「お待たせしました、兄上。それと、ありがとうございます」
「む……な、なんのことだ? 僕はお前に礼を言われることは何もしていないが? いきなりどうしたというのだ!」
「ふふ……そうでしたね、なんでもありません」
ルクスは、そんなアルトの様子に相変わらず、素直ではないなと、少しだけ呆れながらも、内心では感謝の気持ちでいっぱいだった。
キレアとの会話は、ルクスにとって、大きな転機となった。そのきっかけは、紛れもなくアルトだ。
(強くなるだけが魔術師の全てかと思っていたが……ふふ、目指すべきを見直さなければいけないな)
ルクスは、キレアの言葉と満開の花々が織りなす庭園の風景を目に焼き付けながら、心の中で静かに呟いた。
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