閑話 Sideカレン

「おばあちゃん、いるー?」


 よく遊びに来る書物堂の扉を開けながら、いつもの調子で呼びかける。


「おや、カレンじゃないか。今日は何の用だい?」


 薄暗い店内から、おばあちゃんの優しい声が聞こえてきた。


「用ってほどじゃないよ。いつも通り遊びに来ただけ……あれ?」


 ちらっとカウンターの方を見ると、おばあちゃんと並んで、見慣れない後姿を見つけた。

 年はたぶん、私とそう変わらないくらいの男の子。

 貴族の子供っぽい、上品で高級そうな服を着ている。


「お客さん? 珍しいね。君、貴族の人でしょ?」


 思わず、興味がわいて話しかけてみる。

 転生してからは、同年代の子、しかも男の子と話すことなんてなかったから、声が上擦っていないか少しだけ心配だ。


 少年は、私の声に少しだけ驚いたようにこちらを振り向いた。

 少し声が大きかったかも、なんて思いながらもその顔を確認する。

 ──瞬間、何故か心臓が大きく跳ね上がった。


(うそ……まさかね)


 面影があったわけじゃない。

 "あの方"はこんなに綺麗な身なりじゃないはずだから。

 けれど、不思議と、自分でもよく分からないけど、この子がそうなんじゃないかと思ってしまう。


「あ、ええと……」


 男の子は、少し戸惑いながらも、お兄さんと護衛の侍女さんとはぐれてしまったことを説明してくれた。

 でも、申し訳ないけど、そんなこと今は頭に入ってこない。

 それよりも、この直感を確かめなければ気が済まない。


「なるほど、お兄さんとはぐちゃったんだ。それは大変!」


 平静を装い、努めて明るく、街娘"カレン"として相槌を打つ。

 内心は兎も角、思っていたよりも、声に動揺はでなかった。

 でも、私は動揺を隠すのが苦手だから、どこかしらから動揺は溢れ出てしまっているだろう。 

 それも、彼に伝わるレベルで分かりやすいのが。


 でも仕方がない。ずっとずっと探し求めていた"あの方"かもしれないのだ。

 冷静でなんていられるはずがない。


「大丈夫! この街のことなら、私に任せて! 案内してあげる!」


 私は、胸を張りながら、勢い強めに申し出てみる。

 もし、"あの方"じゃなかったら、と思うと少し怖いけど、このままお別れはいやだ。


 彼は、私の申し出に、どこか見覚えのある仕草で少し迷った様子を見せる。

 その様子に少しだけ確信を強めつつ、ドキドキしながら返事を待つ。


「ありがとう、助かる。俺はルクス・エルフィンストン。君は?」

「私? 私はカレン! カレン・ルイワッタ! よろしくね、ルクス」


 望んだ返事が返ってきたのが嬉しくて、名乗り返した勢いのまま、彼──ルクスの腕を掴んで、店の外に引っ張っていく。

 我ながら完全に舞い上がってしまっている。


「さあ、行こ、ルクス!」

「分かったから、引っ張らないでくれ! カレン!」


「気をつけるんだよー」


 おばあちゃんの声を背に、ルクスをぐいぐい引っ張りながら古今東西書物堂を後にした。



◇ ◇ ◇



「セレナーデだっけ? お兄さんたちが行ったの」

「一応な。向こうも俺がいない事には、気がついているだろうから、そこにいるとは限らないが」


 ルクスは、顎に手を当てて少し考え込むような仕草を見せる。

 その仕草すらも、懐かしくて愛おしい。

 

(ああ、やっぱり貴方様なのですね……)


 確信めいた思いが、私の胸を締め付ける。

 でも、まだ喜ぶのは早い。

 だって、もし彼が、"あの方"だとしても、転生が失敗していて、私のことを忘れている可能性だってある。


「そっか……まあ、大丈夫! この街は、私の庭みたいなものだから! とりあえず、セレナーデに行こっか」


 不安な気持ちを振り払うように、私は笑顔でルクスに答える。

 

 ルクスは、少し困ったような顔で私の後ろをついてくる。

 そんなルクスを見ながら、私は、なるべく彼の気に障らないように、それとなく探りを入れてみることにした。


「あ、そういえばルクスはなんで、この街に来たの?」


 ルクスの反応を窺いながら、私は何気なく尋ねてみる。


「さっき話した兄が、来月から王立魔術アカデミーに入学することになってな。その挨拶も兼ねて、別館にいる母上に会いに来たんだ」

「へえ、王立魔術アカデミー! すごいじゃん!」


「君も、魔術に興味があるのか?」


 ルクスは、私が魔術に興味を持っていることに気づいたのか、少しだけ目を輝かせながら聞いてきた。


「うん! 興味あるっていうか……大好き!」


 私は、満面の笑みで答える。

 だって、"あの方"との唯一の繋がりで、また私たちを引き合わせてくれたのだ。

 興味がない訳がない。大好きに決まっている。


 彼の隣を歩きながら、私は、彼の横顔をこっそりと盗み見る。

 見れば見るほど、容姿に面影は無い。

 けれど、ふとした瞬間に見せる表情や、話し方、仕草。

 その一つひとつに、かつての彼の面影を感じて、胸が熱くなる。


「なあ、見当違いだったら、笑って欲しいんだが、その……君、いや、お前は――」


 1人で干渉に浸っていると、ルクスが真剣な表情で何かを言いかけようとしてくる。

 何となく、彼が何を聞こうとしているのかが分かってしまった。


「そこまで!」


 とっさに、ルクスの唇に人差し指を当てる。
ダメだ。
まだ心の準備が出来ていない。


 それに、こんな偶然で、カッコ悪い再会は嫌だ。

 いろいろ準備をしないと……ちゃんと約束を守ったって堂々と言えるように。


「ふふ、答え合わせはまだ先です。そうですね……2年後、アカデミーでどうでしょう?」

「やっぱりお前――」

「ダメですってば。それに、見つかったみたいですよ?」


 少し空気が読めないのも"あの方"らしいなんて思いながらも、ルクスの言葉を遮って、彼の後ろを指差す。


 少し離れた場所に、お兄さんと侍女さんらしき人影を見つけた。

 
間一髪、というか、ちょうど良いタイミングだ。大変ありがたい。


「ルクス!!」

「ルクス様!」


 ルクスは、彼らの声に振り返り、安堵の表情を浮かべている。


(2年後……)


 心の中で呟きながら、私はその場をそっと離れる。


 "あの方"に再会できたかもしれない喜びと、ほんの少しだけ、その事に確信が持てない不安。

 そして、2年後の再会への期待が、私の胸の中でごちゃ混ぜになって渦巻いていた。


(待っていてください……今度はしっかりお答えします)

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