第3話 初めての街
ルクスが初めて現代魔術を成功させた日から3年。
ルクスは、8歳になっていた。
「……圧縮して、形を保つのも、かなり安定してきたな。そろそろ次のを試してみる頃合いか?」
ルクスは、手のひらに浮かぶ小さく圧縮した火の玉を見つめながら呟く。
あれから、家庭教師は早々に外されてしまったが、1人で書庫の本を読んだり、エマやアルトのアドバイスを受けたりしながら、3年間地道な努力を重ねたことで、初級魔術に関してはある程度使いこなせるようになっていた。
「ふふ、やはり成果が出てくると楽しく――」
「ルクス!! 街へ行くぞ!」
ルクスが、練習の成果に満足し、小さく呟やいたその時だった。
部屋の扉を勢いよく開けて、アルトが飛び込んできた。
「兄上……? 一体どうしたのですか、突然」
「うむ。実はだな……」
アルトは、少しだけ呼吸を整えてから、ルクスに向き直り、得意げに告げる。
「僕は、来月から王立魔術アカデミーに通う。それに伴い、しばらく王都へ住処を移す。そのための買い物と、別館にいる母上への報告のため、街へ行くのだ!」
「それは、めでたい。しかし、それが私と何の関係が?」
「ん? 何の関係も何も、お前も一緒に行くに決まっているだろう?」
「え?」
あまりに当然のように言われたことに、ルクスは思わず間抜けな声を上げてしまった。
「な、なぜ私が? 兄上の用件に、なぜ私が、同行しなければならないのです?」
「うむ。ついでだ、ついで! お前を街へ連れて行ってやろうと思ってな」
「つ、ついで……」
ルクスの言葉に、アルトは悪びれた様子もなく、むしろ当然だろうと言わんばかりに胸を張って答える。
「ふはは! お前は屋敷にこもりきりだから、たまには外の空気を吸うのもいいだろう? それに、久々に母上にも会える! もちろん、父上にも話は通してある。感謝するがいい!」
「なるほど......」
一方的にまくし立て、満足げに頷くアルトに対して、ルクスは呆れながらも、確かに良い機会ではないかと頭をひねる。
これまで遠くに眺めるだけだった、未知の技術にあふれた街並みには大変興味がある。
「ええ、そういうことでしたら是非。私も、たまには街を見てみたいと思っており――」
「そうだろう、そうだろう! よし、決まりだな! 準備はいいか? 出発するぞ!」
アルトは、ルクスの言葉が終わるのも待たずに、さっさと部屋を出ていこうとする。
「ちょ、ちょっと待ってください、兄上! いくらなんでも急すぎます! それに、護衛は?」
「すでに魔導車は手配してある……が、そうか護衛か。うむ、では、お前の専属侍女のエマをつけよう! あいつはあれで中々の強者だからな!」
「そうですね……エマなら安心です。私から話しておきましょう」
ルクスは、アルトの言葉に頷く。
普段は穏やかで優しい雰囲気のエマだが魔術の腕は相当なものだ。おまけに、地方の特殊な部族の出身で身体能力もかなり高い。
エルフィンストンの従者の中でも指折りの実力者だ。
「そうか。よし! では準備が出来次第、玄関前に集合だ! 」
そう言うと、アルトは満足そうに頷きながら、ルクスの部屋を出て行った。
「まったく……愉快なやつだ」
ルクスは、慌ただしく去っていったアルトの背中を見ながら、小さくため息をついた。
しかし、その表情はどこか楽しそうだ。
ルクスもまた、初めてこの時代の街へ繰り出すことに、心を躍らせていた。
◇ ◇ ◇
30分ほどで準備を整えて、ルクスは、アルト、そしてエマと共に、屋敷の前に用意された魔導車に乗り込んでいた。
「さあ、出発だ!」
アルトが、高らかに宣言すると、魔導車はゆっくりと動き出す。
ルクスは、窓の外を流れる景色を眺めながら、これから始まる街でのひとときに期待を膨らませていた。
屋敷から街までは、この魔導車で小一時間ほどの距離だ。
道中、アルトは、これから通うことになる王立魔術アカデミーのことや、王都での生活について、興奮気味に語り続ける。
ルクスは、相槌を打ちながら、アルトの話に耳を傾けていた。
やがて、魔導車は街の中心部に到着する。
「おお……」
馬車を降り、ルクスは、目の前に広がる光景に、息を呑んだ。
空には、巨大な飛行船が悠々と浮かび、色とりどりの魔導車が忙しなく行き交っている。
道の両脇には、石造りの建物が立ち並び、その壁面には、魔道具によって映像広告が映し出されていた。
人々は、魔道具や魔術を当たり前のように使いこなし、活気に満ち溢れている。
(遠くから眺めるのとはやはり違う……まるで、別世界だ)
ルクスは、神代に生きていた頃の記憶と、屋敷から見ていた景色とを、目の前の光景を重ね合わせて、そのあまりの違いに感嘆の念を禁じ得なかった。
「ルクス様? 大丈夫ですか?」
突っ立ったままで固まってしまったルクスを見かねたエマが、心配そうに声をかける。
「ああ、大丈夫。少し感動していたんだ」
ルクスはその声に我に返ると、エマに軽く笑いかける。
「そうかそうか! それは良いことだ。
しかし、いつまでも呆けているわけにはいかんぞ? 母上への土産を買いに菓子屋へ行かねば!」
アルトは、ルクスの反応に満足そうに頷くと、さっさと歩き始めてしまった。
ルクスとエマは、そんなアルトに慌ててついていった。
◇ ◇ ◇
「まずい。はぐれてしまった……」
ルクスは、人混みの中、独り言のように呟いた。
辺りを見回すが、アルトもエマの姿も見当たらない。
土産物屋が軒を連ねる通りは、多くの人でごった返していた。
人々の間を縫うようにして歩を進めていたルクスだったが、いつの間にかアルトたちの後ろについていけなくなってしまったのだ。
そのまま、人の波に流され、その流れに身を任せているうちに人気のない路地裏に流れついてしまった。
「しまった……早めに声でもあげればよかったか」
ルクスは、少し後悔しながら呟くが、すぐに首を横に振り気持ちを切り替える。
「まあ、こうなってしまったものは、仕方がない。アルトとエマを探すついでに、1人で少し街を見て回ろう」
そう呟くと、ルクスは、行き交う人々を避けながら、ゆっくりと通りを歩き始める。
しばらく歩いていると、人気の少ない路地裏にボロボロの古い店らしきものが目に入った。
「ん? …… "古今東西書物堂"?」
ひび割れた木製の看板に、そう書かれている。
店構えは古びており、商品らしき書物は埃をかぶって薄汚れている。とても繁盛しているようには見えない。
しかし、どこか異質な魅力があり、目が離せなくなる。
(こんなところに、書物屋か?)
ルクスは首を傾げながらも、店の前に来ると、中を覗き込んでみた。
店内は薄暗く、奥の方には書物が山積みになっているのが見える。埃っぽい空気と、古い紙の匂いが、ルクスの鼻をつく。
(まあ、アルトたちが行った店のことを聞けるかもしれないしな……なにより、気になるままにしておくのは気に食わない)
ルクスは、子供のような好奇心に駆られ、店の中へと足を踏み入れた。
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