第9話 王国の滅亡
先日、王国からの軍事侵攻があった。
姫を返せ、ストーンブラックは王国に帰れと。
国の中心となる街の目と鼻の先にまで来ていた何百人もの武装した王国の騎士や兵隊たち。彼らを前に姿を表した姫は、何千人と集まった自国民たちを背にしてはっきりとこう述べた。
「王国に帰るつもりはありません。帰ろうとした私を拒絶したのはあなたたちです。それから、ストーンブラックなどという侮蔑の言葉は、この国では使用や口にすることを禁じています。髪の色を宝石になぞらえることはありますが、私たちの国では黒髪を『オニキスブラック』と呼んでいます。宝石姫ももういません。私たちの国は、国民のすべてが宝石なのです。さぁ、お分かりになったら王国へ戻りなさい」
王国の騎士や兵隊たちを睨みつける姫。
「ストーンブラックのお前を姫として迎えてやると言っているんだ! 何が不満なんだ!」
騎士のひとりからのその一言をきっかけに、腰や背中にかけた剣に手をかける騎士や兵隊たち。
「この国に
空から響き渡る怒りの雄叫び。
見上げた騎士や兵隊たちは、皆腰を抜かした。
銀色に光り輝く竜が舞い降りてきたからだ。
「王に伝えるがよい。次は無いと」
慌てて
「約束は守らんとな」
「竜よ、愚かな我々の
「よい、よい。こんな機会が無ければ、中々姫には会えぬからな。何かあれば気軽に呼ぶが良い」
姫や国民が知っていることはここまでである。
王国に逃げ帰った騎士や兵隊たちは、この出来事を王に報告。
自らの意思で帰らぬ姫。そして、国を守る神の如き竜。
王は、王国の未来に絶望した。
その後、増え続けるゴミや汚物によって、王国の街は衛生状態が日に日に悪化していった。そして、ついに感染症が発生。赤痢、腸チフス、そしてコレラである。王国民に感染症に対する知識はないため、爆発的な感染力で王国民を蹂躙していく感染症。もはや、王国の街そのものが汚染されていると言っても過言ではない状況だった。
髪の色によって症状が変わるわけではない。そのことで王族や貴族、そして王国民は、始めてヒトに差が無いことに気がついた。
姫の治める国へ救援要請を出そうという案が出る。これまでのことを謝罪して助けてもらおうと。
ところが、ストーンブラックに救ってもらうなど死んだ方がマシだという声が多かった。ヒトに差が無いことに気付いても、それを認めたくはなかったのだ。ストーンブラックへの差別意識は、命を天秤にかけてでも覆すことができないほど、心の奥底まで根を張っていた。
城内の王との謁見室。
その豪華絢爛な椅子の前に王は倒れており、うわ言のように何かを呟き続けている。
「……占いが……予言が…………王国に……繁栄が…………
王に寄り添える者は、もう誰もいなかった。
二ヶ月後、髪の色によるヒエラルキーに固執し続けた王国は、感染症の猛威を払い除けることができず、王族と貴族を含む王国民の九割以上が天に召され、その長い歴史にピリオドを打つことになった。
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