第6話 月の導き

 草原の中の街道を歩き始めて数時間。夕闇が迫っていた。

 姫は街道脇の大きな木の根の上に腰を下ろす。

 草の香りを伴った少し冷たい風が姫の頬を撫でていった。

 そのまま膝を抱える姫。


(何のために頑張ってきたんだろう……)

(繁栄に導くという占いの言葉に囚われていたのだろうか……)

(王国民たちを幸せに……できなかった……)

(みんなで手を取り合える国を……夢物語だった……)

(髪の色で区別されない国……私が間違っていたの……?)


 絶望が心を包み、涙が瞳から溢れ出た。

 十六歳の女の子の泣き叫ぶ声が草原と街道に響く。


「姫様」


 聞いたことのある男性の声。

 顔を上げると、優しく微笑む見知った顔があった。

 護衛の騎士だ。


「宝石姫の姫様、私たちもおります」


 城下町で子どもを救えなかった、あの時の女性もいた。

 彼女もまた優しい微笑みを浮かべている。


 姫は立ち上がり、周りを見渡して驚いた。

 ストーンブラックを中心に数十人がいる。

 中にはアンバーイエローやエメラルドグリーン、ルビーレッド、そして護衛の騎士のようなサファイアブルーもいた。


 護衛の騎士とあの女性を先頭に、全員が姫に向かってひざまずく。


「我々は姫様に忠誠を誓う者」

「髪の色ではなく、その心の輝きに惹かれた者たちです」

「姫様の言葉に、私は自分の小ささを思い知らされました。ここにいるジュエラーたちも同じ気持ちなのです」

「私たちは皆姫様をお慕いしております。私たちを頼ってください」


 ふたりの言葉に周りも皆笑顔で頷いた。

 その様子を見た姫は涙を拭い、意を決したように力強く顔を上げる。


「聞いてください。私はこれから安住の地を求めて旅に出ます。きっと辛い旅になると思います。そして、その旅の終わりが安住の地を作り上げていく始まりとなります。皆さんには大変な苦労をかけることになるでしょう。命を落とす方も出るかもしれません。それでも……それでも、ついて来てくれますか?」


 大きな歓声が上がった。


(自分の気持ちは、きちんと届いていた)


 そう思うと、姫は涙を止められなかった。


 これから始まる旅路を思うと、不安が姫の心を埋め尽くしていく。

 それでも髪の色など関係なく、知識や知恵を出し合い、皆と力を合わせれば、どんな難局でも乗り越えていける。そんな確信に近い思いが不安を塗り潰した。


 空に浮かぶ月が夜の街道を照らす。

 その弱々しくも優しい光は、彼らの進むべき道を指し示していた。

 先頭を行くのは、黒髪の坊主頭である宝石姫。

 その心の輝きは、彼女を慕い従うものたちの未来を明るく照らしていた。


 この夜、姫たちは月の光に導かれるままに旅立っていった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る