2歳 5
さて、この国、『ディナステーア王国』はレイ暦と言う暦で年を数えているらしい。
『初代レイ王』が人族の国の領土を勝ち取った年を元年として今まで続いているとブリランテが教えてくれた。
俺はレイ暦264年3月生まれらしい。
これも聞いた話だが、ブリランテが産気づいたのにセドロがつられて産気づき、サティスとほとんど同じタイミングに生まれたのだそうだ。
数分だけサティスが早かったらしいが、まぁ、微々たるものだ。
それから、俺たちのフルネームが分かった。
俺は『フェリス・サード・エレヒール』
サティスは『サティス・グラナーテ』
ブリランテは『ブリランテ・エレヒール』
セドロは『オブヘディモ・セドロ・グラナーテ』
俺の名前は祖父から続いていたものらしい。
そして、この世界には『神樹教』と呼ばれる宗教しか存在しないらしい。
『神樹』と言うものは確か、魔族が狙っているものだったと記憶している。
一体何だというのか?
しかし、この『神樹教』、ブリランテが嫌っている。
そのため、今回の葬式は神の居ない物になった。
と、言ってもこの村に『神樹教』を信仰している者は一人もいないらしく、ビエントとアイレの母も神のいない葬式だったらしい。
俺は参加していないため詳しくは知らなかったが、同じように弔ったと言う。
あの巨木に刻まれた名前はこの村で亡くなった人たちの名だと言うことだろう。
さて、ここで疑問に思ったのは神がいないのなら死んだらどうなるのかということ。
天国や地獄、極楽浄土なんで言葉は聞いたことがなかった。
葬式終わりで疲れているはずのブリランテに、申し訳ない気持ちがあったが、知りたい気持ちに逆らえず、聞いてみた。
ブリランテは腫れている糸目を擦り、不思議そうな顔をしながら答えてくれた。
「死んだら神樹に帰ってまた戻ってくるのだけれど・・・どうしてそんな話になるの?」
「どうしてって・・・だって、『あの世』には神様がいたり、『極楽浄土』に連れて行ってくれるのは『仏』だったりとか・・・え?」
話せば話すほど首をかしげるブリランテ。
「・・・そんな話をどこで聞いてくるのかわからないけれど・・・そもそもそのanoyo?って何かしら?」
俺はハッとする。
もしかしたらこの世界には死後の世界と言う概念がそもそも存在しないのではないだろうか?
「死んだ後の世界ってないの?」
「ふふっおかしなこと言うのね?死んでも生きても世界は一つよ?」
「でも、今こうやって考えたり思ったりしている魂はどこに行くの?」
「だから、『神樹』に帰ってまた新しく帰ってくるのだけど・・・?」
うーん。
価値観が違うのだろうか・・・?
それとも、本当にこの世界では魂が『神樹』に行って新しくなって戻ってくるなんて言うシステムなんだろうか?
そもそも、『神樹教』を信じていないのに、このことだけはまるで確信を持っているかのように言うんだな・・・。
『神樹』とはこの世界の中心にある巨大な木であるらしい。
まだ見た事は無いがこの世界のシンボルであり、この世界はその樹によって作られたとも言われているらしい。
この世界は前世の世界とは全く違ったシステムで構築されているのかもしれないな・・・。
例えば前世の世界を形作っている物『原子』が、全て全く別の何かに置き変わっているとかSF作品ではよくある設定だよな?
考え始めて面白くなってきたので、もっと情報が欲しく2階の書斎に閉じこもって本を読むことにした。
ブリランテの許可なら得ている。
ブリランテもボカとの話し合いがあるらしく俺を離しておきたかったのだろう。
下の階で会話する2人の声を聴きながら本を読んでいると、ある一文が目に入った。
『神樹』はまず『天魔族』を作った。
『勇者伝説』内でのセリフの一文。
この世界には『天魔族』という種族がいて、今生きている人は皆この種族の末裔と言うのだ。
ふむ・・・。
『天魔族』は読み聞かせの時にも何回か出てきていたが・・・。
この種族が『神樹』の事を広めたのだろうか?
一度会って話してみたいものだ。
次のページに行こうと手を伸ばそうとした時だった。
「なぜだ!!」
書斎で『勇者伝説』を読んでいた俺の耳にボカの怒声が響いた。
読み始めてそれなりに時間が立っていたらしい。
夕方だったのがいつの間にか夜になっていた。
部屋はろうそくの火で照らされているとはいえ気づかなかった。
壁に背中を預けながら座って読んでいたため、立ち上がろうとする。
そこで右の太ももに重さがある事に気づいた。
何かと思ったらサティスだった。
俺の太ももに頭を乗せてすやすやと寝息を立てている。
「・・・いつの間に来たんだ?」
俺は太ももと本を入れ替えて枕にしてやり、近くに置いてあった布をかけて下の階に降りる。
居間の入り口の影から様子を伺う。
ブリランテといつの間にか上がり込んでいたセドロが並んで座り、テーブルをはさんだ向かいにはボカが座っていた。
ボカの表情には焦りが見えていた。
「私は、あの人との思い出が詰まったこの家で過ごしたい」
ブリランテは強い口調だった。
普段朗らかな彼女からは想像もつかない口調。
こちらに背を向けているため表情までは知れない。
「女1人でどうする?お前たちに1人で働きながら子供を育てる力があるのか?家に来い、面倒見てやるから!」
ボカはボカで必死の形相でブリランテとセドロを説得する。
「いや・・・。何とかするわ。この家に住み続ける為なら」
頑なに譲らないブリランテ。
「どうしてわかってくれない!?・・・くそっこうなったら・・・」
ボカが無理やり連れて行こうとブリランテに手を伸ばす。
パシンッ!
ボカの手が掴まれた音が響いた。
掴んだのはセドロ。
「何のつもりだ」
一触即発である。
「させない・・・ブリランテは渡さない。あんたが心配なのも分かる。だけど、ブリランテはここに居たがっている」
ボカの睨みに負けじと睨み返すセドロ。
「だが実際どうする!さっき言ったことは事実だろう!」
「だったら、私が一緒に住んでやる!」
ボカの言葉に間髪入れずにセドロの声が響いた。
「2人で稼いで家を守る!これで文句はないでしょ!?」
「それは・・・」
セドロの提案に言い返せなくなるボカ。
「この1年間も実際問題なかった!それに・・・こうなる気はしてた・・・だからそのために『道場』も始めた!文句ある!?」
畳みかけるセドロ。
「くっ・・・ブリランテはいいのか?」
返す言葉が見つからず、情けなくブリランテに確認をとるボカ。
「うん・・・嬉しい」
嬉しそうに頷くブリランテ。
震えた声から涙ぐんでいるのが伝わってくる。
ボカから手を放し、ブリランテの肩を抱くセドロ。
「ボカ・・・。ブリランテは私が守る」
凄いな・・・自分も夫を亡くして辛いだろうに・・・。
「・・・ふん。守られる側になってばかりだったお前が言うか・・・。わかった。そこまで言うならこれ以上は何も言わない。頑張ってみろ」
ため息をついて諦めるボカ。
「う、うるさい!」
照れるセドロ。
「ただし・・・。1年に1回くらいは顔を見せに来い。あと、無理だと思ったらすぐに家にこい」
腕を組みながら真剣な顔でそれだけ伝えて立ち上がった。
「お兄ちゃん」
「ブリランテ。無理はするなよ・・・。お前まで失いたくはない」
よく見るとボカの目には涙が浮かんでいた。
「うん。大丈夫。私にはこどもたちとセドロがいるから」
肩を抱く手に自分の手を重ねるブリランテ。
「じゃあ、また来年。『ディナステーア』で待つ」
そう言い残して玄関に向かって行く。
追いかけるセドロ。
「あ、待ってボカ!あいつは最後どんなだった!?」
セドロが玄関に立つボカに問う。
「・・・怒っていたよ。相手は『四天王』『第三位』『トゥリア・アサーナトス』・・・。敵が悪かった。フェリス・ジュニアが庇って死んだのが引き金だった。あの時俺がもっと早く動けていたら、少なくとも二人とも亡くす事はなかった」
拳を握るボカ。
「・・・そうか。それで?あいつは最後使ったのか?」
「使ったよ。フェリス・ジュニアが最後の1人だったんだろう。暴走した」
「『業火』の『銘』と『色』は?」
「『銘』は『憤怒』で『色』は『黒』だった」
それを聞いたセドロが崩れ落ちた。
「・・・『憤怒』・・・あいつが?よっぽどだったんだな」
乾いた笑いを浮かべるセドロ。
「色もな」
「あぁ・・・。すまない。引き留めてしまって。ありがとう」
セドロの礼に手を振ってボカが家を後にした。
・・・『業火』。
以前、セドロがボカとの試合で使っていた『魔術』の名前だったはずだ。
『銘』と『色』に意味があるものなんだろうか?
「・・・フェリス?盗み聞きはいけないわよ?」
ボカが出て行ってすぐ、いつの間にか俺を覗き込んでいたブリランテがいつもの微笑みを浮かべていた。
「・・・ごめんなさい」
「なに!?盗み聞きだ!?いい度胸じゃねぇか!」
聞こえていたのかセドロがこっちに来て俺の首根っこをつかんで持ち上げた。
「ひっ!」
「まぁま?」
俺が持ち上げられたと同時、階段の上からサティスが寝ぼけ眼を擦りながら降りてきた。
「サティス!寝てたのか!」
俺をそのままブリランテに渡し、やってきたサティスを抱きかかえたセドロ。
「さて、フェリス?話を聞いていたようだから分かるわよね?これからの事」
あ、さっきの会話、俺にわざと聞かせてたな?
俺は素直に頷く。
「セドロ!サティス!」
ブリランテがほほ笑みながらセドロを呼ぶ。
振り返る似た顔で微笑む可愛い親子。
「これからもよろしく!」
「こちらこそだ!」
笑い合う母2人。
状況は分かっていないがつられて笑うサティス。
こうして、グラナーテ家との共同生活が始まったのだ。
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