2歳 4
1時間もしないくらいだろうか、森の中から荷車をひく銀の甲冑を着た薄汚れた白馬と同じく、薄汚れた銀の甲冑に身を包む、青い無精ひげのイケおじが現れた。
そのイケおじの表情は引き締められていて緊張感が漂っていた。
彼の銀の甲冑には血が付着し、見える肌にはあざや傷が目立っているその叔父。
酷く憔悴したその男の姿を見たブリランテは俺をセドロに預けて走り出した。
「お兄ちゃん!」
抱き着くブリランテ。
この世界での俺の叔父『ボカ』は表情を変えずにブリランテを抱きしめ返した。
しかし、抱き締め返すと同時にボカの目元が潤んで堰を切ったかのように涙がボロボロと流れ始めた。
「・・・すまない。すまない。すまない・・・俺は・・・お、俺はまた・・・うぐぅっ!」
ゆっくりと崩れ落ちていく。
ぽつらぽつらとタイミングを見計らったかのように雨が降り始めた。
一緒に膝をつくボカとブリランテ。
ボカはブリランテの胸の中で嗚咽を漏らしながら告げた。
「うぅっ・・・ま、また俺はぁ!まっ・・・間に合わながっだ!!」
ブリランテがその言葉を受けながら優しく背を撫で続ける。
セドロが俺とサティスを下ろす。
後ろのソシエゴに俺とセドロの手を繋がせてそのまま2人に近づいた。
「・・・ボカ。2人は?」
「・・・後ろだ」
「セドロ・・・お願いしても良い?」
「任せろ。2人の事は私が確認してやる」
セドロがブリランテの頭にポンッと手を乗せて荷台に向かう。
かぶせられた布。
近づいて足を止めた。
俺はその止めた意味を理解した。
荷台からはみ出していたのだ。
それは、足。
酷く焼け焦げた、かろうじて足だと分かるそれ。
セドロは強く拳を握った。
「・・・そういう事。あんたは守れなかったんだね」
呟いたセドロの拳から血がしたたり落ちる。
左手で布をめくる。
馬の影でよくは見えない。
「おかえり。待ってたよ。2人とも」
「うわあぁあああああっ」
一気に雨脚が強まり、雨が地を打つ音の中にブリランテの叫び声が響いた。
レイ歴266年6月18日の事だった。
〇
翌日。
俺は雨の降る中、ブリランテに抱えられてとある場所へと向かっていた。
セドロやほかの村人たちも一緒である。
傘は無いが代わりに外套がある。
青い外套を着て歩く村人達の姿は異様だった。
ただ1人。
白い外套を着る男がいた。
遺体を乗せた荷車をひく白馬を引導するボカだった。
「ぱぁぱ?」
セドロの腕の中のサティスが何度も父を呼ぶ。
前世で両親は俺の死の19年前に突然死した。
運転中の不慮の病気による事故。
俺は、その時訳が分からなかった。
悔しかった。
気の利いた言葉一つ言えず。
迷惑ばかりかけて親孝行らしい事も出来なかった。
だから、この世界では手遅れになる前に親孝行を沢山しようと思っていた。
後悔する前に・・・。
だがこれでは・・・。
後悔することもできない。
雨が降り続ける森の中。
プランター村からすぐ。
徒歩5分もかからない距離にある開けた場所に1本の巨木がある。
何十人もの人の名前が刻まれた巨木。
その根元。
掘られた穴の中に2人の遺体が入れられた。
サティスがセドロに抱えられながら何度も父親を呼ぶ。
サティスは状況が理解できておらず、名前を呼んでは首を傾げている。
葬儀は簡単な物だ。
村人が青い物を身に着けて参列し、一人ひとり土を被せていく。
それだけ。
最後は神に祈るようなことは無く、ボカが淡々と死の直前の英雄譚を話すのみ。
ボカとセドロの夫と共に戦い、強い敵に勇敢に立ち向かい、敗れ、亡くなったらしい。
ボカが話し終えると静かな時間が続いた。
父たちにかかる土の音。
雨が地面を叩く音。
涙をすする音。
そんな音が嫌に耳につく。
そして、最後。
ブリランテが最後の土を被せ終え、セドロの待つ巨木の目の前まで歩いていく。
2人が並んで立つ。
俺からは背中しか見えないため、表情まではうかがい知れない。
そんな2人は外套の中に隠れていた腰に下げていた剣を引き抜いた。
2人、共に、巨木へ愛する者の名を剣で刻む。
「愛しているわ。またどこかで」
ブリランテの呟き。
隣ではセドロも同じように名を刻んでいた。
「なんで?」
いつの間にかソシエゴと手を繋いでいたサティスは大好きな父が目を覚まさず、埋められ、そのまま村に戻るその様を不思議そうに見続けていた。
雨はいつまでも降り続いていた。
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