2歳 3

 ブリランテが1週間とちょっとで無事に村に帰宅した。

 ブリランテ曰く、セミージャが入寮するにあたり、部屋の片づけを手伝っていたら遅くなってしまったらしい。

 予定では1週間かからないくらいだったという。

 そんな遠いところではないのだろうか?

 さて、ブリランテが帰宅してからさらに数か月。

 サティスがやっと簡単な言葉を話し始めていた。

 「ふぇいす!」

 最近雨が多かったが、久しぶりに晴れた。

 日差しが強いため帽子を被っている、木に背中を預けて俺たちを見守るソシエゴ。

 傍らには近くの井戸で組んだ水の入った水筒。

 水筒と言っても、イノシシの膀胱を使ったものらしい。

 ソシエゴに聞いたら教えてくれた。

 そしてこちらを呼んで走り回っているサティスは、帽子を嫌がったので被らずにはしゃいでいる。

 セドロと同じ、深紅の髪が肩甲骨下あたりまで伸びていて、彼女が動くたびに綺麗に揺れ動いている。

 大体、90センチくらいまで背が伸びただろうか?

 ちょっと体の大きな2歳児だ。

 スラっとしているのはセドロの血だろう。

 俺と頭一つ分くらい背の高さが違う。

 そんな彼女の笑顔は太陽のように輝いていた。

 「まってー!」

 俺は一生懸命、先を駆けているサティスを追い掛ける・・・が。

 「はぁ、はぁ、本当に・・・まって・・・」

 あまりの速さに追いつけない。

 おかしいだろう・・・2歳児の速さじゃないぞ・・・それ。

 「あはは!」

 俺なんかほっといてクッソ速く走るサティス。

 どうなってんだこりゃ?

 サティスは運動神経がずば抜けていた。

 2歳児にしては出来すぎるくらいに。

 サティスは言葉の遅れや、多動気味と言った個性を上回る才能を持っていたのだ。

 木登り、馬飛び(ソシエゴに馬になって貰った、ちなみに踏切りは無し)、逆立ち、平均台でのバランスが崩れない等々。

 できる事が多すぎる。

 2歳児の運動能力をはるかに凌駕していた。

 「つぎ!」

 そう言って笑うサティス。

 また、ソシエゴに馬になってもらうか。

 俺はソシエゴを呼ぶ。

 「え~!また~?もう今日10回目だよ~!」

 泣きそうになりながら立ち上がってこちらに来てくれるソシエゴ。

 「そしぇご!」

 舌っ足らずに言いながら駆け出すサティス。

 「サティス!まだ早い!」

 「へ?」

 ソシエゴが身をかがめるよりも先、サティスが踏み込んで飛んだ。

 右手でソシエゴの頭の上を叩いて飛び越える。

 「痛い!」

 悲鳴を上げて頭を押さえるソシエゴ。

 ストンッと見事な着地を見せるサティス。

 「おぉ・・・まじか」

 「あっはは!」

 笑うサティス。

 活発な笑顔が可愛い。

 「すごいよサティス!」

 「すごーい!あっはは!」

 嬉しそうである。

 ソシエゴはうんざりと言った顔だったが。

 「わぁ!」

 再度駆けだすサティス。

 「えぇ!!」

 向かってきたサティスにもう勘弁してくれと眉をハの字にするソシエゴ。

 俺はソシエゴを無理に誘った罪悪感から、助け舟を出すべく次の遊びを提案することにした。

 こうやって2人で木の前で遊ぶのが午前中の日課になっていた。

 空き地では今も『アルコ・イーリス』のみんなが頑張っているはずだ。



 2日後、また天気が悪かったため、外で体を動かすのではなく『喫茶店』の中で過ごすことになった。

 今にも降り出しそうな曇天である。

 空き地では『アルコ・イーリス』のメンツが体を動かしているが。

 雨が降り出したら戻ってくるだろう。

 そんな中で俺はデッサンを始める事にした。

 今日は、目の前にある喫茶店のカウンターテーブルを書こうと思う。

 カバンから貰った万年筆と青いインク、そして『樹皮紙』を1枚取り出す。

 紙が勿体ないため、悩んだ末に思いついた前世で聞いたことのある『樹皮紙』を使うことにしたのだ。

 周囲が森である為、丁度良いと思った。

 1ヶ月ほど前に早速、森の中に木の皮を取りに入った。

 正しくは入ろうとしただが。

 散歩中で外に出ていたので、サティスと一緒に全速力で森に入ろうとしたのだが、突然現れたブリランテに止められたのだ。

 『魔獣』が潜んでいるから入っては行けないとちょっと強めに注意されたのを覚えている。

 後から息切れしながら追いついて来たソシエゴが、そのままの状態でブリランテに謝っていたのは本当に申し訳なかった。

 と、言うことで森には入らずに、手前の木々から皮をとることにした。

 この体で木の皮を剥くのは大変なため、ソシエゴに手伝ってもらいながらだが・・・。

 ソシエゴの協力もあり、そこそこの量が手に入った。

 さっそくうろ覚えで木の皮を叩いて伸ばしてをしてみたところ、思ったよりペラペラの紙に近い物が出来上がったのだ。

 これ幸いと、出来上がりからひと月近く、週に一度は木の皮を取りに行き、加工し、それ以外の天気が悪い日や家で時間があるときは常に絵を描くようにしていた。

 前世では出来なかったデッサンの繰り返しである。

 やはり絵の上達は見て描く事のみ。

 前世では何だかんだと理由をつけてやってこなかったデッサン練習を沢山するのだ!

 前世での夢を拾えるかも知れないのだからやる気も出る。

 何より、絵を描くというのはこんなにも楽しいものだっただろうか?

 またこうやって創作の世界に足を踏み入れる事ができている幸せを噛みしめながら絵を描く。

 今から頑張れば一冊くらい、漫画を世に送り出せるかもしれないぞ?

 なんて年甲斐もなく胸を躍らせる。

 今からコツコツ頑張るぞい!


 「なぁに?」


 俺の右肩に顎を乗せたサティスが聞いてくる。

 「お絵かき!」

 俺は描きあがったカウンターテーブルのデッサンを見ながら答える。

 ふむ、歪んでおるな。

 この幼い体のせいだろうか?

 いや、言い訳はよそう、単に俺の実力がないだけだ。

 強い心でもう1回。

 時間なら沢山あるのだから。

 デッサンしまくって画力を上げたい一心で、カバンから新しい『樹皮紙』を取り出した。

 「ふぅん」

 それだけ言うと、お絵かきに興味のないサティスはすぐに離れてソシエゴの元まで走って行く。

 ソシエゴに構ってもらうのだろう。

 すまないなサティス。

 心の中で謝罪。

 そのまま再度描き始めようとしたところで喫茶店のドアが大きな音を立てながら開いた。

 遅れて静かにカランカランと鈴が鳴る。

 全員の視線を集めたのは、扉を開けて突っ立っているブリランテ。

 俯いていて表情は見て取れない。

 しかし。


 「帰ってきたわ・・・」


 声が震えていた。

 俺はとてつもない嫌な予感がした。

 ソシエゴがサティスと手を繋ぎながらブリランテに近づく。

 「・・・帰ってきたって」

 もう察しているのだろう、ソシエゴの声もすでに震えていて、目元は潤んでいた。

 「フェリス・・・来て」

 ブリランテは目の前で堪えきれずに泣き出してしまったソシエゴに構わず俺を呼ぶ。

 余程余裕がないのが見て取れた。

 俺は素直に従い、荷物をしまってカバンを肩から下げてブリランテの元に急ぐ。

 ブリランテに抱えられて外に出た。

 外には『アルコ・イーリス』のメンバーを引き連れていたセドロがいた。

 「ブリランテ・・・どうしたんだ?」

 ブリランテが出てきて驚いたの顔をするセドロ。

 「・・・帰ってきたわ。お兄ちゃんの事だから1時間もかからないと思う」

 「そうか・・・ブリランテ。2人は・・・いや。何でもない」

 ブリランテの顔を見て話すのを止めたセドロは、代わりにギリッと拳を握った。

 「まぁま?」

 セドロの声に反応したサティスが扉から出てきて声をかけた。

 「サティスも行くぞ。英雄の凱旋だ」

 セドロが両手を広げると嬉しそうに飛び込むサティス。

 雰囲気から察してしまう。

 あぁ、この感じは・・・。

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