0歳 4

「おはよう、フェリス」


 あれからしばらく、あの酒場は託児所的なこともしているらしく、預けられることが増えた。

 安定して座れるようになったことで、大体半年が過ぎたことを感じる。

 まぁ、酒場の中をハイハイで動き回っているサティスがいるわけで、この世界と前の世界の子どもの成長過程が当てはまるかは自信がないが。

 まぁ、大きく変わることはないだろう!

 挨拶をしてくれたダークブラウンのお団子の少女、名を『ソシエゴ』と言う。

 彼女に手を伸ばす。


 俺は素直に託児所に入る、親にとって助かる子ですよっと。


 ソシエゴの腕の中に俺を預けたブリランテは手を振って酒場を後にした。

 どうやらあの日は慣らし保育的な物だったらしく、少しずつここで過ごす時間が増えて、今では朝から夕方までここで過ごしている。

 あまり儲かっていないのか、昼間あまり客が来ない。

 そのため、それを逆手に取って喫茶店兼託児所として機能しているのだろう。

 前の世界ではあまり考えられないが、裏の空き地は園庭として使えるし、厨房では昼食も作れる、室内も広く、吹き抜けになっていて大人たちの目も届きやすい。

 俺たちがいるからだろう、テーブルは上に片付けられたようで席はカウンターのみ。

 つまり、危険な角も少なくなっている。

 ソシエゴとその母、『カッハ』。

 2人が主に俺たちの面倒を見る。

 そこに俺たちの子どもの母親たちが入れ替わりで入って面倒を見ている。

 初老の男性は裏方業務を担っているらしい。

 回すのに苦労はしないだろう。

 少年、少女たちも喧嘩はあるが、怪我につながるような事は少ない。

 ここ数日、喧嘩や手が出ること(ほとんど朱色の少年とこげ茶色の少女)はあったが、怪我にまではつながることはない。

 それに、怪我とかに酷く怯える心配もないのだろう。

 この村に怪我で訴えるといった考えの親はいないのだから。

 そもそも、この世界に訴える機関とかあるんだろうか?

 なんて明後日の方向に考えを巡らせていると、セドロに抱きかかえられた。

 今日はセドロがここの親子に加わって面倒を見る日らしい。

 一緒に入る母親によって活動が変わる。

 例えば、ブリランテなら本を読んでくれる。

 朱色の女性は制作活動だし、空色の女性は小学生の勉強を見てくれる。

 桃色の女性は、子豚や小鳥、子猫と触れ合わせてくれるし、こげ茶色の人は『かくれんぼ』などのルールのある遊びを提供してくれる。

 フードの子と濃紺の子の親は入ったことがないからわからない。


 ちなみに、セドロの日は裏の広場で外遊びである。


 セドロに抱えられて出たのは、ところどころ地面が露出している芝生。

 環境的にはあまり良いとは言えないが、まぁ、少年少女にとって大事なのは、どこで遊ぶかより誰と遊ぶかだ。

 俺は地べたにそのまま降ろされる。

 ちょいちょい、直置きかい。

 一応、まだ半年なのだが?

 砂でも食べてやろうかね?

 「さぁ!行く!」

 言葉に、日本語を当てはめて何とか理解できるようになってきた。

 セドロが大きな声で全員に声をかけて走り始めた。

 地面を蹴っておこる爆風。

 巻き込まれて髪が強風オールバック。

 いや、早い早い。

 俺じゃなきゃバランス崩してすってんころりんだって!

 俺は何とか腹筋に持てる力すべてを注いでその場に踏みとどま・・・ってねぇわこれ。

 自身の力のなさに絶望しながら頭に来るであろう衝撃を覚悟した。

 「危ない!」

 叫び声が聞こえてふっと頭が包まれた。

 ソシエゴの手であることに気づく。

 判断が早い。

 素晴らしいぞ少女よ。

 「あうあ」

 例を言う。

 「なぜ わらう 危ない かった」

 呆れた顔。

 見た感じ、『危ないわね!・・・って、なんで笑ってんのよ!』

 といったところかな?

 さーせん。

 安心したら笑っちまったぜ。

 「きゃっきゃ」

 遠くから笑い声が聞こえた。

 座りなおされて見つめた先でセドロの背に括りつけられたサティスが大笑いしていた。

 え、まさか最初から?

 サティスの後ろを追いかける少年少女たちも相当速い。

 楽しそうに駆け回る姿が見えた。

 セドロの背で激しく揺られながら嬉しそうに笑うサティス。

 ここが前の世界なら、速攻で虐待だと通報されているぞ!

 心配で不安になる。

 あんなに揺さぶられて大丈夫なのか・・・?

 あぁ、ぐわんぐわんしてる・・・。

 ちょっと、力緩めようや、ほかの子たちも追いつけてねぇって!

 と、見つめていたらセドロの動きが止まった。

 俺を見ている気がする。

 ・・・まさか。


 にやっと笑った。


 待て待て待て待て!

 ビュンと駆け寄ってきて、勢いで起こる強風。

 再度倒れそうになった俺をソシエゴが抱きとめる。

 「頼む」

 セドロが俺をソシエゴに渡す。

 「わかった」

 わからないでくれ!

 おい!

 やめ!

 抵抗虚しく括りつけられる。

 ブンッと振り返るセドロ。

 一緒にブンッと振られて反対方向を向く。

 そこには、ソシエゴの腕の中で上機嫌なサティスがいた。

 「行く!」

 ま・・・っ!

 さながらジェットコースター。

 一気に引き離される。

 あぁ・・・助けてくれ。

 増大する不快。


 「びえぇえええええ!!」


 久しぶりに本気で泣いた。

 

 ○


 しばらく振り回され、放心状態。

 気づいたらソシエゴに抱っこされていた。

 空が綺麗だなぁ・・・。

 なんて現実逃避を始めていた俺だったが、ふっと、突然現れたブリランテの顔に驚いた。

 「わ!ブリランテ!」

 口を押えて驚いた表情をするソシエゴ。

 「ごめんなさい。驚く。させて。○○○○○○○○○!」

 最後は何を言っているのか分からなかったが、急いでいる姿から並々ならぬ雰囲気を感じ取る。

 ビュンッと背中にサティスをくくりつけたセドロがやってきた。

 後ろでサティスの笑い声が聞こえている。

 駆け寄ってきた少年少女たちも表情に緊張が入り混じっている。

 見守っていたカッハも一緒だ。

 「○○○○○○○○○○○○○○○○!」

 ブリランテの言葉に大人たちの表情が引き締まる。

 子どもたちも不安そうな色が濃くなった。

 「分かった。私 逃がす 後 行く」

 セドロがサティスをダークブラウンの少女に預ける。

 「剣 くれ」

 続けてブリランテに言う。

 ブリランテの読み聞かせてくれた小説、『勇者伝説』に登場する言葉で覚えた。

 

『剣』。


 そのような物を使う事態とは・・・。

 俺にもことの重大さが分かってきた。

 ブリランテは右の手のひらを上に向けて、挑発するようにくいっと動かす。すると、セドロの目の前に鞘に納まった『曲剣』が出現した。

 「私 も 行く 終わった 後 一緒 戦う」

 ブリランテが腰に携えていた長剣を触りながらセドロに強く言う。

 ・・・ブリランテも剣を使うのか?

 「わかった 行く」

 「うん」

 2人が頷き合った後、ダークブラウンの親子と、遅れて出てきた初老の男性『ベンタス』と言葉を交わして一緒に駆けだした。

 走り出してすぐ、目的地に着いたらしい。

 この村の中心。

 一際大きな建物。

 「こっち!」

 叫ぶ緑の髪の少女。

 ソシエゴと同い年くらいだろうか?

 野暮ったい眼鏡と三つ編みおさげで芋っぽい印象を受ける。

 そんな高校生くらいの少女が手招きしていた。

 「いた!」

 セドロが叫んでソシエゴの背中を押す。

 「こども 連れて いけ!」

 言われたソシエゴが頷き、不安そうな顔をしながらも俺とサティスの2人を抱えて走り始めた。

  向かう場所は手招きする少女の方向。

 俺とサティスは、俺たちを抱えながら走るソシエゴとともに、立ち止まった母たちから離れていく事になる。

 ソシエゴの肩越しにちらっと後ろの様子が見えた。

  

 立ち止まり、俺たちを見つめるセドロとブリランテ。


 ブリランテは微笑みながら頬に右手を添える朗なかな立ち姿。

 セドロは両手を腰に当て、自信たっぷりな笑顔で俺たちを見つめる。


 そんな2人の後ろから、巨大な漆黒のイノシシが5体、向かってきていた。


 なんだあれは!?


 離れて行っているが分かる、人2人分ほどの肩高。

 前の世界のイノシシの3倍はあるぞ!


 それらがこちらを見ている母2人の元に駆け寄っているのだ。


 やばいだろあのでかさは!

 突進なんてされたら死ぬ!


 俺の恐怖などそ知らぬ2人は余裕の表情のままこちらを見て言葉を交わしている。

 とうとう、そんな2人に数メートルほどの距離まで近づく。

 大きな影を落とす。


 待て待て待て!

 殺すな!


 この世界では親孝行をしたいんだ!


 だから殺さないでくれ!!


 「あうあ!!」


 叫ぶ。

 手を伸ばす。


 ブリランテは一切動かず頬に手を当てて微笑んでいる。

 セドロは何か話しながらニヤつき、さらに大笑い。


 何でそんな状況で笑って……!?



 一瞬。



 本当に一瞬だった。

 少しだけブリランテの左の人差し指が線を引くかのように上から下に動いた。

 それだけ。


 ザグンッ!!!


 何かを貫く大きな音。

 飛び散る肉片と血渋き。

 よくわからない、黒光りする石の様なものの破片。

 それが、大きな漆黒のイノシシが透明な何かに貫かれた音だと気づくのに数秒。

 気づいた頃には2人に迫っていた全てのイノシシがその身に無数の穴を開けて倒れていた。

 血の雨の中、微笑むブリランテ。

 周囲を包む透明なドーム状の何か、それが降り注ぐ血、肉片、石片から2人を守る。

 赤と黒が混ざった雨が止むのを見計らってセドロがブリランテに声をかける。

 ドーム状の何かが消える。

 それと同時、獰猛な笑みを浮かべたセドロが後ろを勢いよく振り返って爆音と爆風を上げて消失。

 その様子を追うようにゆっくりと振り返っていくブリランテ。

 顔が見えなくなる一瞬に見えた、薄く開けられたブリランテの青い瞳に同じ色の炎が揺らめき、瞳孔の軌跡を追いかけていたように見えた。


 その2人の姿を最後に俺たちは地下につながる階段を降り始めたため、その後の様子は分からなかった。


 ○


 ソシエゴに抱えられて地上に戻る階段を登る。

 ソシエゴの隣には先ほどの緑髪の芋っぽい少女。

 仲が良いのか2人でずっと会話をしていたと思う。

 後ろには酒場で一緒だった子どもたちも一緒だ。

 ほかの村人も登ってきている。

 不思議と、その中にあの母たちの姿が無かった。

 まさか、村の中で大変な目にあっているんじゃないかと不安に思ったが、杞憂だった。

 地上で待っていたのは空色のストレートロング、上品な雰囲気の女性、名を『ブリマベラール』。

 上品に口元を押えて笑う彼女がそこに立っていた。

 「母!」

 彼女の元に駆け寄り、抱き着いた空色の髪の美少年『ベンタロン』。

 親子の感動の再開だ。

 ・・・ってまて、なんで外にいたのに汚れ一つないんだよ?

 俺は周囲を見る。

 地下への階段の入り口周りだけ、不自然に綺麗だった。

 他の箇所は、血や、肉片、黒光りする石の破片が散っているのにも関わらず、なぜか円形に切り抜かれたように綺麗になっているのだ。

 ソシエゴに連れられ、先ほどブリランテとセドロが立っていた所に来た。

 「うぅ」

 ソシエゴが俺を抱えながら手のひらで自身の口元を押えた。

 周囲を見やる。

 酷いありさまだった。

 先ほどの大きなイノシシがぐちゃぐちゃになって散乱していたのだ。

 「お! 怪我 ない!?」

 遠くから聞こえたのは、一仕事終えたのか木に背中を預け、気だるく笑う朱色の女性、名を『ブエン』と言う。

 手を振っているその姿は血に染まっているが、怪我はないらしい。

 「危ない かった なにしてる!」

 「ごめんなさい ~」

 折れた剣を回収していたこげ茶色の髪の『カランバノ』と桃色の髪の『カルマ』も口げんかしていたが、俺たちに気づいて剣を放り捨てて駆け寄ってきた。

 「よかった!」

 こげ茶の女性が自分の子であるこげ茶色の髪の少女『カリマ』を強く抱きしめた。

 「いたい」

 ちょっと涙目である。

 「大丈夫 ~ 私たち いる から ~」

 桃色の女性は、涙目のこげ茶の女性に間延びした声をかけながら、当然のように桃色のツインテールの我が子『ブリッサ』に寄って頭を撫でた。

 他の村人たちも自分の家に向かって歩き始めた。

 不思議と建物に外傷は無さそうだ。

 本当に不思議なもので建物が壊れるようなことはなく、むしろ綺麗すぎるくらいだった。

 綺麗と言えば、イノシシの死体もこの辺に集まっている(・・・ていうか何体いたんだこれ?)。

 周囲を見回す。

 と、奥から歩いてくる一団が見えた。

 黄緑の髪のいかついおっさん。

 こげ茶色の髪の青年。

 濃紺、フード姿、それぞれの特徴を持つ陰鬱な雰囲気の男性二人。

 疲れた顔の緑髪の青年。

 そんな彼らの中心に眼鏡をかけ、槍を持った空色の髪の美青年。

 その一団のさらに後ろ、楽しそうに笑いながら歩いてくる4人がいた。

 深紅の髪の男女。

 青い髪の女性。

 ダークブラウンの髪の青年。


 俺たちの親だった。

 駆け寄りたい気持ちがあるが、駆け寄れない。

 俺とサティスをおいて後ろから沢山の村人が、まるで英雄の帰還とでも言わんばかりに駆け寄った。

 黄緑のいかついおっさんの両手に、黄緑の髪で、双子なのか同じ顔の少年二人が乗り、その様子をダークブラウンの長髪の美女が嬉しそうに微笑みながら見ていた。

 濃紺の男性の元には、丸っこい濃紺の少年とその母親と思われる同じ髪色の女性が。

 フードの男性の元には、フードの子と、フードの女性が。

 緑の髪の青年はこちらに駆け寄って、ソシエゴと緑髪の少女に他の人の様子を聞いた後、地下からの出口で待っていた緑の髪と長いひげを持つ老人に駆け寄っていった。

 こげ茶の青年は家族の所に駆け寄り、空色の美青年の元には女性陣がわらわらと集まっていた。

 空色の少年はその様子を、憧憬の目で見ている。

 俺の姿に気づいたらしい、セドロとブリランテが駆け寄ってきた。

 奥の方で父親たちは村人たちに肩をたたかれている。


 「無事 そう」


 俺の顔を見たブリランテがにんまりと微笑んで抱きかかえる。

 変わらない、お日様の香り。

 「・・・よかった」


 ・・・それはこっちのセリフだよ。

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