0歳 3
少しの間あの家に滞在したのち、元の家に戻ってきた。
みんなの話す言葉の意味は相変わらず分からないが、リアクションや簡単な一人称などは分かるようになってきた気がする。
よく晴れたある日。
俺はブリランテに抱きかかえられて家を出た。
父は知らん。
気づいたらいなかった。
仕事の都合だろう。
そもそも、何を生業としているのか分かっていないが。
家を出て少し歩いただろうか。
母の腕の中で、少し熱くなった日差しと、前世でいう所のお日様の香りのブリランテの匂いと共に吹く柔らかな風を感じながら微睡んでいた。
カランッ。
と、鈴の音がした。
意識が覚醒する。
「あ!○○○○!ブリランテ!」
聞き覚えのある声がした。
快活とした元気の出る声音。
セドロがいるのだろう。
俺はブリランテに体を正面に向けられ、背後の方を向くことになった。
「おぉ・・・」
ほぉ。
酒場ですか?
先ほどの鈴の音はどうやら、出入り口の扉についていた鈴だったらしい。
眼前に広がるのは広い酒場。
RPGで情報元として大いに活躍していたあの酒場そのものであった。
立派な二階建てであり、きっと上にも下にも丸テーブルと木製の椅子が置いてあるのだろう。
入口からまっすぐ奥にカウンターがあり、背にはワイングラスに入ったいろいろな色のお酒と思われるものがたくさん並べられてた。
カウンターには初老の男性。
ダークブラウンの髪が綺麗に整えられ、ビシッと正装に身を包んでいてダンディな雰囲気が漂っている。
カウンター席にはこちらを向いて大きく手を振るセドロが見え、彼女の両隣には数人の女性が座っていた。
こちらの女性たちは朱色、こげ茶色、空色、桃色と髪色がカラフルな上に美人で、長さに個人差はあれど耳が長い。
ブリランテの姿を見て、セドロと共に手を振るその4人の女性たち。
その手の振り方ひとつひとつに個性が出ていた。
はにかんで手を振る快活な、朱色のセミロングが特徴的な女性。
こげ茶の髪を一本に纏めた女性は口元をかすかに緩めて、クールに手を挙げるのみ。
腰まで落ちる滝のように美しい艶のある空色のストレートが特徴的な女性はおしとやかに手を振っている。
両手で手を振るのは、桃色の髪をアップにして纏めている女性。露出が多く、目のやり場に困ってしまう。
ガールズバーか何かかよ?
真昼間から酒盛りですか?
と思ったが、鼻孔を擽る少し酸味が強いが覚えのある匂いに考えを改めた。
カウンターに立つ初老の男性が腕を高く上げて何かをティーカップに注いでいた。
あれはまごうことなきコーヒーだ。
ブリランテは女性たちの元にたどり着く。
「○○○○」
声をかけるとそれぞれが好き勝手に話し始める。
で、視線や時折俺を指さすことから、俺の事を話しているのだろうことがうかがえる。
気づけば全員に抱きかかえられる流れになっていた。
最初はセドロ。
他の母親たちに得意げに見せつけている。
泣かれない事に得意げになっているのだろうか?
そのまま朱色の髪の人に。
ふむ、少し硬いが悪くない。
次にこげ茶の人に。
緊張しているのかい?動きが硬いぞ?
そして空色。
お、すごい。
ジャストフィットだ。
最後に桃色の人。
・・・って香水強っ!!
あっま!
気がおかしくなりそうだ!
・・・だ、だが。
なんなんだこの包容力は!
おそらくこの中で最大なのだろう。
抱きかかえられた瞬間、極上のクッションに包まれ、海の中を漂っている感覚に陥る。
だが!
香水が強い!
赤子の身体だからだろうか・・・。
感覚が敏感になっているのだろうか。
きついぞ!
俺が何とか体を動かして逃れようとしているとさらに強く抱きしめられた。
きっと、落とすまいとしての行動なのだろう。
はたから見たら、大きなものに包まれて羨ましいとでも言われるこの状態。
だが!
そんなことは考えられない!
とにかく甘いのだ!
たっ・・・助けてくれぇ!!
ふわっとお日様の香りに包まれた。
一番安心できる腕の中。
「○○○○」
顔を上げると俺を抱えてるブリランテの微笑みが見えた。
言葉は分からなかったが、何となくおかえりと言われた気がした。
顔を後ろに向けると手を合わせて申し訳なさそうにしている桃色の人が見えた。
朱色の人に小突かれて、こげ茶の人にあきれられている。
空色の人はその後ろでカウンターに座りなおしてゆっくりとコーヒーを飲んでいた。
個性的で仲の良いグループなのだろう。
一本、日常アニメができそうだ。
目指せきらら枠。
「あれ?サティス○?」
ブリランテがセドロに声をかけた。
「○○○」
聞かれたセドロが指をさした。
てっきり父親と一緒なのだろうかと思ったが、違うらしい。
俺はゆっくりと指の先を見る。
指の先は酒場の端。
4.5畳ほどの広さに広げられた朱色の絨毯の上にいた。
朱色、こげ茶色、空色、桃色、濃紺色、フードの合計6人の小学生くらいの少年少女たちが円をかいて座るその中心。
そこで腹ばいで前に進む赤子がサティスだった。
彼女が向かう先はどうやら、近くにあるピアノの椅子に座り、弾き歌うダークブラウンの髪を緑のリボンで纏めてお団子にしているエプロン姿の少女の元だった。
高校生ぐらいだろうか、若い少女が聞きなじみのあるリズムでピアノを弾きながら笑顔で歌っている。
・・・これは、『ちょうちょ』だったか?
弾ける笑顔でピアノに向かうサティス。
危ないと慌てた顔で抱きかかえる、こげ茶色の髪を首元まで伸ばした少し釣り目の少女。
ピアノをひくダークブラウンの少女に向かって手を伸ばしているのを見るに、音楽かその少女に興味があるのだろう。
あうあうと一生懸命手を伸ばす姿が庇護欲を注ぐ。
サティスを囲う少年少女たちはきっと、ここにいる女性たちの子供なのだろう。
髪色や、似た顔の造形で分かりやすい。
まぁ、濃紺の髪の少し丸っこい少年とフードの子は分からんが。
フードの子に至っては少年か少女かさえも分からん。
ブリランテがその一団の元に近寄り始めた。
なるほど?
一緒に遊ばせようとする魂胆ですな?
子は遊ぶことが仕事ですからな!
どれ、色々経験して学んでいくとしましょうかな。
なんて思いながら下ろされる。
こげ茶色の髪の子からサティスを受け取り、あわあわしている濃紺の丸っこい少年をしり目に、こげ茶色の子は俺を抱きかかえた。
抱きなれているのか、思ったより安定感があった。
釣り目だが、優しい微笑みを浮かべている。
子どものお世話が好きなのだろう。
そんな少女の隣から覗き込んできたのは、朱色でつんつんした髪の元気な笑顔が特徴的な少年。
向こうにいる同じ髪色の女性とそっくりだ。
少年が顔をこげ茶色の少女に向ける。
「○○○○○!」
「な!○○○○○○○○!!」
顔を真っ赤にしながら怒り始める少女。
少女はそのまま少年を思いっきりビンタした。
おぉふ、クリーンヒット。
痛そうだ。
「○、○○○○○○○○・・・」
震える声で何かを言う少年。
彼に駆け寄ったのは空色のサラサラヘアーの美少年。
「あぁ・・・○○○○○○○○?」
と言いながら手を差し伸べる。
「○○○○・・・」
言いながら美少年と、その手を取る朱色の少年。
朱色の少年を立ち上げた空色の少年の後ろには、ぴったりくっつく桃色のツインテールの少女がいた。
「○○○○・・・」
朱色の少年の真っ赤になった頬を見て、お気の毒そうな顔で見つめていた。
そんな様子などかまっていられない丸っこい濃紺の少年が隣のフードの子に助けを求めていた。
言葉は分からないが、大変慌てた様子であることから簡単に予想がつく。
フードの子は見える口元を緩ませながらサティスを受け取る。
いつの間にかピアノを弾くのを止めていた少女が、俺たちの事を微笑みながら眺めていた。
さらにその様子を見ている、奥に立つダークブラウンの髪を短くそろえている若い女性。
ピアノを弾いていた少女に似ているのを見るに母親なのだろう。
同じくエプロンを身に着けている。
子どもだけの俺たちを見守ってくれているのだろうか。
安心してブリランテ達も話に花を咲かせられるというものだ。
「あ・・・」
フードの少年が小さな声を上げた。
サティスと目が合ったのだろう。
フードを下げていた。
あのフードの下には何があるというのか・・・。
俺はがぜん興味が出てきたため、フードの子に手を伸ばした。
「あうあ」
俺の様子に気づいたのだろうダークブラウンの少女がフードの子に声をかけていた。
驚いた様子だったが、手元のサティスを濃紺の子に戻して俺の方に両手を広げてくれた。
こげ茶の少女が何かを言いながら俺をそのフードの子に渡す。
緊張しているのだろう、動きが硬い。
「フェリス○、○○○○○」
言いながらブリランテが頷いて、カウンターの方に向かっていった。
俺の様子に大丈夫と判断したのだろう。
カウンターに座って、用意してもらっていたコーヒーに口をつけていた。
フードの子に抱えられて気づく。
先ほどの少女よりは大きいらしい。
年上なのだろう、丸まった背中で勘違いしていた。
丸っこい少年も体つきで大きいと思っていたが、このフードの子と仲が良さそうなのを見るに、ほかの4人よりも年上なのかもしれないな。
と、そうだ、フードの中だ。
俺は緊張しているフードの子の腕の中から顔を見る。
影が落ちていたが、下からなら顔を認識できた。
中性的な顔立ちである。
少年とも、少女ともとれる風貌。
しかし、美がつくかと言われれば違う。
思えば初めてかもしれない。
この世界で美少年と美少女以外を見たのは。
普通の子だ。
失礼だが、思ってしまう。
この世界にも普通の子はいるんだと安心してしまった。
「・・・あ」
目が合って必死にフードを空いた手で隠した。
声変りがないため、声でもどちらかわからない。
しかし、フードの理由は分かった。
ちらっとフードの中に見えた額の右側。
灰色で伸ばしっぱなしの前髪を分けるように突き出た突起。
『角』があった。
先の方にかけて皮膚が黒く変色していく、小さなこぶのような角。
長い耳の次は角だ。
驚いた。
口が開いてしまった。
その様子で不安になったのだろう、フードの子が口を噛みしめて震え始めてしまった。
「・・・○○○○○○○○○○○○」
雰囲気から察するに俺を怖がらせたとか思ってそうだが、違うぞ。
誤解させてしまったな少年、あるいは少女。
大丈夫。
そなたは美しい。
俺は励ましもかねて満面の笑みを浮かべてやった。
「あ・・・ふふっ」
フードの子が笑った。
頬を赤らめ、愛おしそうに見つめてきていた。
そんなに見つめるなよ、照れるだろ?
と、顔をそむけると周りの子が全員こちらを見ているのに気付いた。
ついでに大人たちも一緒に微笑んでいた。
な、なんだよ。
皆してなんでこっちを見てるんだよ。
「あぁあ!」
隣で、安定した抱き方ができるようになった丸っこい濃紺の少年の手の中でサティスがフードの子に手を伸ばしていた。
丸っこい少年がサティスを近づける。
フードの子は緊張しながらサティスを見つめると、サティスは満面の笑みで返す。
フードの子は嬉しいのだろう、優しく微笑み返していた。
大人たちがよくわからないが、慈しみの雰囲気を漂わせているのを感じ取った。
言葉には出さないが、初老の男性は目頭を押さえて、女性陣は優しく微笑んでいたのだ。
今の俺たちの行動にどういった意味があるのかはわからないが、喜んでくれているのは分かった。
「あぁ・・・。○○○○○○○○○○○○○○○○」
セドロがだらしなくカウンターに背中を預けて上を向き、手で目元を隠しながら呟いたその言葉がなぜか耳に残った。
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