第一部 乳幼児期編

0歳 1

 再度、ベビーベッドの上で目を覚ました。


 あいも変わらず白黒だ。

 灰色と赤に加えて、黄色がかろうじて分かるようになってきた。

 青とかの淡い色はまだわからない。


 隣では『深紅』の髪の赤子が寝ているのか、寝息が聞こえている。


 首にうまく力が入らず、動かすのに苦労するのだ、今はこのままぼんやりと見える天井を見ていよう。

 近くの窓からは日差しが入り込み、気持ちの良いそよ風が入り込んできていた。

 久しく感じていなかった、馬糞と緑の混じった自然の匂い。

 都市ではないが、田舎でもない。

 そんな北海道の中核市で生きてきた俺にとってこの匂いは、ちょっと遠出するときにしか嗅ぐことが出来ない特別な物だった。

 最後に嗅いだのはいつだったか思い出して、両親が死んでからは一度も町を出てなかったことに気づく。


 死んだといえば、俺もどうやら死んだらしい。


 おそらく心不全か何かだと思う。

 めちゃくちゃ胸が痛かった。

 苦しかった。

 寒かった。

 寂しかった。


 ・・・だめだ、泣けてきた。


 なんだか涙腺がとても緩い。

 ちょっと不快に思うだけで涙が出てくるのだ。


 「ふえぇ」


 声も勝手に出やがる。

 ほとんど反射だ。

 可愛い赤子の泣き声。

 「ふえぇええええんっ」

 勝手に腹いっぱい声を出しやがるこの体。


 「○○○○」


 俺の泣き声を聞きつけて近づいてきたのは落ち着いた雰囲気の三つ編みの女性。

 灰の髪を三つ編みにして、糸目で穏やかな笑顔を浮かべる聖母のように美しい女性。

 そんな彼女の豊満な胸に抱きかかえられる。

 不思議と、下心のような感情は沸いてこず心の底からの安心感のみを覚える。


 「○―○、○○」


 何を言っているのか全く分からない。

 それでも、彼女の声は俺を眠りへと誘う。


 と、ぼやけた視界の中で見える範囲にある彼女の顔の隣にイケメンが現れた。


 濃いめではあるが整っている。

 彼がハリウッド映画に出るとしたら、危険な速度でのカーチェイスを繰り広げ、名前は茶色として活躍するだろう。


 しかし、凄いな。


 美男美女のツーショットはさながらゲームのワンシーンのようだ。

 おそらくこの美男美女が両親。

 まだしばらく見ていたかったが、眠気に逆らえずにそのまま意識が落ちていった。


 ○


 またしばらくして、大分色が判別できるようになった。

 首に力が入るようになり、縦に抱いてもらうことが増えた。


 今も、昼間はいつも隣で寝ている『深紅』の髪の赤子がいないことを不思議に思っていたら例の三つ編みの女性に縦抱きされたところだ。

 多分、俺がこの体になって3か月近くが経過したのだろう。

 首が座ったってやつだ。

 赤子はおおよそ3か月ほどで首が座ると言われている。

 周囲を見渡すことができるようになり、寝かされている部屋の事も分かってきた。


 まず、ここはおそらく俺の家だ。


 隣の『深紅』の赤子は夜になるといなくなる。

 同じ色で腰まで落ちる長い髪をもつナイスバディな美しい女性が赤子を連れて行くのだ。

 同じ髪色の、これまた爽やかなイケメンと共に。


 そんな俺の家だと思われる室内は、前時代的なRPGによく出てきた木造建築の家そのもの。


 よく読んだ転生ものに出てくる世界。

 俗に言うナーロッパと呼ばれる世界の家だ。

 作りはしっかりしていて、ちゃんと2階もある。

 わざと泣けることを利用して三つ編みの女性にあやしてもらう際、上に連れて行ってもらったことがあった。

 さすがにすべての室内は見れていないが、本が数冊並んでいる書斎と二人の寝室に入った。

 そこもやはり中世の民家のイメージそのものだった。

 ふと、縦抱きによって頬に触れていた青い髪の数本が鼻を擽った。


 「ぷしゅっ」


 くしゃみである。

 この数か月間の中で、嫌でも俺が赤ちゃんの姿になっているのを自覚していた。

 転生というものなのだろう。


 異世界に転生したのだろうか・・・。


 もしかしたら、輪廻転生なんて物の果て、再度の人への転生で、同じ世界の別人って可能性もあるが・・・。


 「ふあっ」


 ・・・眠くなってきた。


 考えているとすぐ眠くなるのは考え物だな。

 さて、この青髪。


 もちろん、俺をくしゃみにくすくすと上品に笑っている三つ編みの彼女のものである。


 色が分かるようになり、さらに視力も回復してきたことで、それぞれの特徴が分かるようになってきた。

 さらに、会話を聞いているうちに全員の名前がなんとなく分かった。


 まず、この青い髪の糸目三つ編みおさげ、整った顔立ちで朗らかな微笑みを浮かべる優しい雰囲気の美女。

 彼女は『ブリランテ』と言うらしい。

 糸目が可愛いが、前はちゃんと見えているのだろうか?


 そして、俺を抱えた母の先を歩いて家の玄関を開けた、例のハリウッド俳優なみのイケメン。

 彼が俺の父親になるらしい。

 髪色はダークブラウンで『フェリス』と言う名前だと思う。


 これはこの世界の俺の将来も期待できるのではないだろうか?


 ちょっとテンションが上がってきた。


 玄関をブリランテが出るとフェリスが優しく閉め、大きなカバンを背負いなおす。

 日が昇り、最近は気温も上がり始めていた。


 夏が近いのだろうか?


 さて、肝心の俺の名前はと言うと。



 「○○○○。フェリス」



 母が俺の背中を優しくたたきながら呟いた。


 そう、多分『フェリス』だ。

 どうやら父親の名前を貰ったらしい。

 紛らわしいったらありゃしない。


 で、そのまま俺を抱えて歩き始める。


 どこに行くのかと思えば隣の家だった。


 「○○○○」


 ブリランテは俺を横抱きにしながら挨拶か何かを話した。

 挨拶をした先にいたのは『深紅』の美女。


 隣の家の前に、『深紅』の長髪が特徴的な美人がいたのだ。


 腰まで伸びるその深紅の長髪は美しく、整った相貌は思わず見とれてしまう。

 スタイルも大変よく、家のブリランテ程ではないが出るところは出ている。


 彼女の名前は恐らく『セドロ』。

 ブリランテが彼女を見て何度もそう呼んでいるのだ。


 セドロは腰に両手を当てて胸を張っている。


 「○○○○○○○!」


 待ってたとでも言ってそうだな。

 そんな彼女の半歩後ろに『深紅』の髪の爽やかなイケメンがいる。

 どことなく『セドロ』と似た雰囲気を感じるのは、特徴的な釣り目と髪色のせいだろう。

 こちらの父と同じく、背中に大きなカバンを背負い、腕の中にいる赤子に向ける優しい微笑みは、ハツラツとした雰囲気の赤髪の彼女とは正反対である。


 みんなから『あんた』や『あなた』といった風に呼ばれているらしく、彼の名前は分からない。


 だが、腕の中のカワイイ赤ちゃんの父だろうことは分かる。


 さて、そんな天使のようにかわいい『深紅』の髪を持った赤子。

 おそらく俺と同じタイミングで生まれたのだろう、同じベッドで寝かされる事が本当に多く、気づけば俺の右隣にいるのだ。


 一緒に横になる俺たちの姿を見てこの4人はよくニマニマしている。


 母同士、父同士も仲が良いらしく、家族ぐるみの付き合いなのだろう。

 前世での幼馴染の事を思い出しそうになって目をこすった。


 「フェリス!○○○○○○○○○○!」


 『深紅』の美女が背を丸めて俺に視線を合わせてくれる。

 おそらく挨拶をしてくれたのだろう、弾けるような笑顔である。

 

 さて、気を取り直してこの元気をもらえる笑顔に応えるべく、今日もかわいい赤ちゃんを演じますか!


 俺は好きに動かせる数少ない筋肉、表情筋を存分に使って笑顔を振りまく。

 セドロは満足そうに微笑んでくれる。


 「○○○○!」


 相変わらず何を言っているのかわからないが、めちゃくちゃ誉めてくれているのは伝わってくる。


 わかるぜぇ奥さん、赤ちゃんは可愛いものだからな。


 俺は調子に乗ってにやりと笑う。

 それもお気に召したようで今度は母と2人でまた盛り上がってくれた。


 なんだこれ、めちゃくちゃ面白いな。


 父2人はそんな様子を愛おしそうに眺めていた。


 『幸せ』。


 その絶頂にいるのだろう。


 その一因になれているのは素直にうれしい。

 ふと、赤い髪のイケメンの腕の中で眠る赤ちゃんを見る。

 『深紅』の髪が少し増え、生理的微笑を浮かべて眠るその赤子。


 名前はおそらく『サティス』。

 この世界での幼馴染になるだろう。


 隣でオムツ交換・・・この世界は布オムツだったが、その様子を盗み見てみると女の子だった。

 セドロがサティスを受け取り、俺に近づける。


 「サティス!フェリス○!」


 元気な声で、しかし優しく横抱きにしながら俺の顔に赤子の顔を近づける。


 今は眠っているが・・・ふむ。


 何というか、やっぱり赤ちゃんは何度見ても良い物だな。

 守護りたくなる。

 と、父から離れたことと、俺に見られていた事で睡眠が妨げられたのか、美しい深紅の瞳が露わになった。

 その瞳がこちらを捕らえる。



 そのままニコリと笑った。



 ・・・守護らなきゃ。

 なんて思ってしまう程、その姿は儚く、しかし愛らしかった。


 ○


 先ほどは待ち合わせだったのだろう、全員そろって今度は道を並んで歩き始めた。


 「○○ブリランテ!○○○○!?」


 ふと、声がした。

 左に原っぱ。

 右に稲穂。

 ・・・稲かはわからないが似ている。

 麦だろうか?

 まだ緑色だが、大きく成長しているそんな畑があった。

 そこで一人の朱色の髪をした女性が手を振っていた。

 頬が汚れているところを見れば畑仕事か何かをしているのだろう。

 わらわらと集まってくる数人の女性と子ども。

 空色、こげ茶、ダークブラウン。

 色々な髪色があって面白い。


 「えぇ!○○○○○○○○○○○○!」


 大きな声で返事するブリランテ。

 何を言っているかわからない会話の後、再度歩き始めた。

 どうやら奥にある、頂上に大きな1本の樹が立つ丘に向かっているらしい。

 数分歩くと頂上に来たのだろう、奥まで見渡せた。


 「・・・あぁ」


 思わず声が出た。

 奥まで続く草原。

 奥には山。

 地平線まで続く草原の中にポツンと『駅』があった。

 もう、絶滅したはずの無人駅。

 写真や映像でしか見たことのないような木造の『駅』。


 ・・・何で『駅』が?


 俺は戸惑う。

 ここは日本なのか?

 ・・・いや、日本だとしても、もうあの形の駅は記念館として残っている物を除いて残っていないはずだ。

 ・・・それだけ、田舎に人がいなくなってしまったはずなのだ。

 なのに、なんでそんな駅が!?


 ポォオオオオオッ。


 突如響いた甲高い音。

 慌てた様子の4人は走り始めた。

 抱えられた俺は抵抗することは出来ないのでに身を任せるしかない。


 ・・・って。


 「あぼぼぼぼぼぼっ!?」


 はやくねぇか!?


 人ってこんなに速く走れましたっけ!?

 ものすごい速度で駆け抜けて駅前に到着。


 急停止によっておこる爆風。


 「・・・あっ・・・あっ」


 放心状態の俺。


 「キャッキャッ」


 深紅の父の腕の中で大喜びのサティス。


 ・・・やばい。


 本格的に異世界かも・・・。


 と、思った矢先、いつの間にか入っていた駅のホームに『蒸気機関車』が入ってきた。


 ・・・は?


 『蒸気機関車』?


 あの?


 俺は信じられないものを見た。

 青い車体。

 上がる煙。

 長い車両。

 色は、某機関車アニメだが、あれは間違いなく『蒸気機関車』。

 SLと呼ばれていたものだった。


 ・・・本当に久しぶりに本物を見た。


 幼いころ、連れていかれた大きな沼で走っていた物を断片的に覚えている。

 それだけだ。

 実質初めて見るようなものだ。

 これこそあり得ないことだ。


 だって、今の世界に蒸気機関車は1台も走っていない。


 老朽化。

 上がる運賃。

 下がる需要。

 環境問題。

 それらを考慮し、数十年前に蒸気機関車は姿を消したのだ。

 今は展示物が残るのみ。

 走っているものを見るのは不可能だ。

 驚きが冷めきら無いうちに全員がそろって汽車に乗り込んだ。

 車内も立派な物だった。

 木造ではあるが、高級感のある椅子。

 銀河鉄道だったか?

 俺の生まれる前の作品だ。

 内容も知らん。

 しかし、映像は見たことがある。

 SNSや若い頃にやっていた昭和のアニメ紹介的なバラエティーで何度も見たからだ。

 あの内装にそっくりだ。

 そんな車内の窓際の席に向かい合って座る母2人。

 俺はブリランテと共に、サティスは通路を挟んだ反対側の席に自身の父と俺の父と共に。

 父2人は大きなカバンを下ろし、隣に置いている。

 これから『汽車』に乗ってどこへ行くというのだ?

 乗り込んですぐ汽笛が鳴り響き、期待と不安を持った俺を乗せた『汽車』が動き出した。

 しばらく動くと、草原を抜け、森に入った。

 色々思うところはあったし、考えたいことも多かったが、すぐに眠くなる体だ。

 さっきの衝撃で変に疲れた。

 俺はブリランテの腕の中で安心感の中で眠りに落ちた。

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