努力畢生~人生に満足するため努力し、2人で『無敵』に至る~

たちねこ

プロローグ

第0話 プロローグ




 人の人生は儚い。

 だから、努力する意味が分からなかった。





 63年前。

 俺が生まれた3日後、祖父が行方不明になった。


 祖父の突然の消息不明により、祖母の心が壊れた。

 俺がどれだけ努力しても、最後までこちらを見て話すことはなかった。


 43年前、保育の業界に足を踏み入れた。

 人間関係がうまくいかずいろいろな職場を転々としたが、35年前に心を壊した。

 どこの職場でもうまくいかず絶望していたところに届いた、幼いころに結婚を誓い合った『幼馴染』の結婚報告が心を壊す決め手だった。

 本気で結婚を誓っていたと、思っていた。

 高校生の頃に知らない男と家に消えて行くのを見た翌日に問い詰めたのは今では苦い記憶だ。

 あの時の見下すような目が忘れられない。

 それから特定の相手を作らず一人で生きている俺と、写真の中で幸せそうに生きている『幼馴染』を比べてしまった。

 一気に襲い掛かってくる不安。

 自己嫌悪。

 絶望。

 心が壊れるのは一瞬だった。


 19年前。

 何度目かの転職。

 薬を飲み、人間関係がやっと良好に進み、腰を落ち着けて仕事ができるようになってきていた。

 頑張れば報われるんだと思った矢先、両親が車両事故で死んだ。

 死因は2人そろっての心不全。

 事故の前には死んでいたらしい。

 たくさん迷惑をかけた両親だ。

 感謝や謝罪、言いたいことが沢山あった。

 溜まったお金で親孝行をしようと思っていた。

 溜めた金は葬式に消えた。

 葬式に訪れていた両親の共通の友人に聞いた、2人が俺を生むまでの人生。

 俺の祖父母を必死に説得し、結婚したこと。

 俺が安定し、これからやっと2人で羽を伸ばして生きていけるところだったこと。

 それなのに死んだ。


 俺の周りには、努力に対する否定が多すぎた。

 多すぎたのだ。



 今は決まったルーティンを繰り返すだけの日々。

 何日も何年も続けてきた。

 大好きで色々なジャンルを買いそろえて読んでいた漫画は、今では殆ど読めず、週間の少年漫画を定期購読するのみ。

 楽しみといえば弟家族とお盆の日に食べに行く寿司と就寝前の酒だけ。

 それだけの毎日。

 それをただただ続けた。

 死ぬのだけは嫌だった。

 持っているのもなんてほとんど何もないのに、死んだ後の事が怖くて死にたくなかった。

 だから、死なないために生きた。

 ただただ生きていた。

 気付けは今年で63歳。

 いつの間にか70歳まで上がっていた定年年齢。

 そのため、あと7年もある。

 もしかしたらまだ上がるかもしれない。

 こんな無意味な人生をまだ続けるのかと不安になる。

 そんな面白みも何もない人生。


 色褪せた人生。


 その日もいつもの通り多量の薬を飲む。

 仕事終わり、コンビニで週刊の少年漫画雑誌と弁当を買い、弁当を食べ終わった後に飲んだ。

 不安を和らげる薬、椎間板ヘルニアの痛み止め、高血圧、この間は血糖値を下げる薬も増えた。

 そんな現状にため息をついてソファーで漫画雑誌を読み終える。

 今週の展開も面白いとは思えなかった。

 漫画がダメなのでは無い、自分の心が駄目なのだ。

 近くにあった携帯の画面を開く。

 2063年 6月18日。

 21:26。

 日付の下の通知にあるニュースを流し見する。

 『ヨーロッパ南西で見つかった、時代が抜けた地層』

 『人気ブランドKOSEN 生誕60周年記念服のお披露目』

 『新アニメ制作決定』

 特に興味を惹かれずに全ての通知を削除する。

 そのまま動画配信サイトで適当な動画を再生する。

 自動音声が解説するあの動画。

 何年経ってもこの手の動画は無くならない。

 『最近見つかった、新説。恐竜は異世界に飛ばされた!?を紹介していくぜ!』

 世界の謎系の動画ってなんでこんなに時間が溶かせるんだろう・・・?

 立ち上がって冷蔵庫からビールを取り出し、ソファーに戻る。

 携帯画面を壁に移して読み上げられる解説を流し聞きする。

 ビールを煽りながら、なんの目的も無しに日常と化したSNSのチェックを始める。

 意味のない投稿を永遠に流し見する。

 しばらくして2缶目のビールが少なくなったころに動画が変わった。

 『今回は未解決の行方不明事件についてだぜ』

 行方不明の話になり、昔を思い出す。

 記憶にあるのは祖父の遺影に手を合わせる祖母の姿。

 祖母はいつも遠くを見ていて、俺や弟が遊びに行っても特に嬉しそうにすることはなく、俺がどれだけ頑張って話しかけたって愛想笑いを浮かべるのみだった。

 嫌な事を思い出したので、画面を切り替える。

 適当な音楽プレイリストを開き、音楽を流す。

 昔流行った音楽だ。

 最近の音楽は分からない。

 残ったビールを飲みほし、冷蔵庫を開けて3缶目のビールに手を伸ばしたときだった。

 

 「うっ!?」

 

 突然、左胸、背中、肩に強い痛みが走った。

 立っていられずに膝をつく、両手で胸元を強く握る。

 「・・・っ!?」

 息が上手く出来ない。

 視界がくらくらする。

 座ることすらできずに倒れ込む。

 あぁ・・・死ぬのか。

 そんな、思いが頭をよぎった。

 あぁ・・・1人か。

 この家には俺しか住んでいない。

 視界に写るのは落としてへこんだ缶ビール。

 感じるのは冷たい床。強い胸の痛み。力が抜けていく体。急激に冷えていく体温。

 ・・・寒い。

 俺は、1人、寂しく、死んでいく。


 もともと、人付き合いは苦手だった。


 それでも、少ないながらも友人はいた。 

 特定の異性は作れなかったが、そこに拘りはもう無かった。

 仕事は上手くいかず、心を病んだ事もあったが、薬を飲んでからはこなせるようになった。

 不幸と言うには恵まれすぎた環境に胡坐をかいて、勝手に人生に見切りをつけていた。


 だって努力する意味が分からなかったんだ。


 努力が恵まれる機会が少なすぎた。


 好きだった『幼馴染』は別の人と幸せになっていた。

 結局薬に頼らないと仕事もできない。

 両親は、やっとの思いで手に入れた幸せを謳歌しきる前にあっけなく死んだ。


 人の人生は儚い、だから必死に生きろなんて言うが死んだら終わりだ。

 どうせ終わりの日が来るのに頑張る意味が分からなった。

 

 夢も仕事に対するやりがいも勝手に捨てて、それでも死ぬのだけは嫌だからと働いた。

 死なないために生きる。

 そんな寂しい人生。


 あぁ・・・1人は寂しいな・・・。


 誰もいない部屋で思う。


 あぁ・・・俺には何もなかったな。


 暗くなっていく視界の中で思う。


 どうせ死ぬなら・・・もっと出来た事があったんじゃないか・・・。


 もっと満足のいく死に方が出来たんじゃないか・・・。


 抜けていく力の中でやっと悟る。


 あぁ・・・そうか・・・。



 『努力』は最後の瞬間に満足するためにあったのか。



 俺は満足できる人生が送りたかったのか・・・。


 もっと・・・あの時。

 いや、全部に全力で、諦めずに『努力』していたら違った人生が歩めたのか・・・?


 頬を涙が伝った。


 気づいた時にはもう遅い。

 もし、次があるならその時は全力で。


 『一生』を『努力』に捧げたい。

 

 その後悔を最後に俺は、1人寂しく誰にも看取られることなく後悔の中、冷たい床の上で死んだ。



 ・・・。

 ・・・・・・。


 長く、眠っていた気がする。


 突然頭に響く激痛。

 締められるような圧迫感のある強い痛み。

 それが全身に行き渡る。

 何回か飛ぶ意識。


 やっと痛みから解放され、次に感じたのは眩しさ。

 そして、気管を通った空気への痛み。

 気管に感じる不快感に声を出そうとするが、耳に響いたのは甲高い鳴き声。

 それが俺の声だとこの時は理解できなかった。

 とにかく意識の混濁が酷い。

 目はあまりの眩しさに開けていられなかった。

 そんな俺を途端に暖かい物が包む。

 なぜか安心して、心地よさの中で意識が落ちた。


 その日から覚醒と睡眠を繰り返した。


 どれくらいたっただろうか。

 意識がはっきりする。

 ぼやける視界の中、やさしい微笑みを浮かべる美しい女性が、柵の上から俺を覗き込んでいた。

 白黒の視界の中で、三つ編みと目を線にして微笑む、どこまでも優しい雰囲気のあの美女はいったい・・・。

 周囲が気になり、見渡そうとした。

 そこで体に上手く力が入らないことに気づいた。

 ・・・どう言うことだ?

 思い出されるのは、胸に強い痛みが走ったあの日。

 続けて襲った酷い頭痛。


 何らかの病気で倒れて寝たきりになったなんてことはないだろうな・・・?

 

 俺は最悪の想像が頭を巡る。

 微笑みのままで視界の下の方へと消えてしまった女性に今の状態を聞こうと、頭を何とか動かして右に倒す。


 唐突に、白黒の世界で初めて見る色があらわれた。

 その色はあまりにも鮮やかで目を離せなくなった。


 『深紅』。

 

 頭を倒したことで俺がベッドの上で寝かされていることを知る。

 それも柵のついたベビーベッドのようなベッドだ。

 俺のすぐ隣にその色があった。

 どうやら一緒に寝かされているらしいその赤子。

 赤子の髪が『深紅』だった。

 短く、まだ生えそろってもいない。

 赤というには優美かつ赫灼。

 眠る姿は天使のよう。

 そのあまりの美しさに俺は思わず声を漏らす。


 「あぅあぁ」


 綺麗だと言いたかった。

 しかし、口が上手く動かない。

 だが、俺が驚いたのはそこではない。

 自分の口から漏れ出た声だ。

 甲高く、どこか庇護欲を掻き立てる可愛らしい声。

 これは仕事柄、人生で必要以上に聞き続けた声。

 そう。


 赤子の喃語だった。


 何とか自分の手を目の前に持ってくると、小さな赤子の手が出てきた。

 ベッドのサイズも心なしか大きい。

 自分と赤子が横になってなお余りあるサイズ。

 赤子越しに見える部屋の内装は、文明が発達した我が国日本では考えられない木造建築。

 それも、前世でプレイしたクリスタルをめぐる物語に出てくるRPGのような家。

 家具も前時代的な物ばかりで、電子機器の一つもない。

 そもそも目の前の赤子の髪色自体があり得ないほど美しい『深紅』。


 まさか・・・。

 


 異世界転生ってやつか!?



 こうして始まった第二の人生。

 死の間際に味わった後悔を忘れず、『一生』を『努力』に捧げる。


 人生に満足するために努力する。


 そんな人生が始まったのだ。

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