アプリコットのご褒美
後半になるにつれ私の声は掠れ。いつの間にか静寂に包まれた空間では握ったコブシの音が聞えそうだった。
「そうですね。お嬢さんの悩みは大変なものと思います。それこそ当人だけじゃ解決できない問題なのでしょう。そんなどうしようもできない環境で頑張っている貴女には……」
バーテンダーはそう言うと「カシャカシャ」と何かを作ると、私の目の前に一年前から公園で見ていた夕焼けに近い飲み物を出した。
「こちらはアプリコットクーラーと言います。リキュールにレモンジュースとグレナデンシロップを加えて甘さを足して、最後にソーダを使用して飲みやすくなっております。」
『アプリコット』私はこの単語に聞き覚えがあった。後輩と初めて飲みに行った時、彼は同じ様なカクテルを飲んで告白をしてきた。
「あぁ。勿論、それは私の奢りとなっておりますので、気軽にお飲みください。さて、説明の続きですが、カクテルには意味がある物がいくつかありまして、今回の意味を加味して私が貴女に言えるのは『過酷な環境を生きているお嬢さんは素晴らしい』って所でしょうか」
私は一瞬だけ、これを飲んだらダメだと思った。それはこの悩みを酒で洗い流す行為に嫌悪感があったからだ。しかし、何故か私は口の中に含んでしまった。
「今からは私なりの解釈なのですが、オレンジジュースやグレナデンシロップは甘い言葉で、ソーダとリキュールはお嬢さんにとってはキツイ言葉だと思うんですよね。ですけど、それを合わせて少し時間を置くと、良い経験として振り返れるのではないでしょうか」
「そうなんですかね……」
「まぁ、そうならなくても、またここに来ればいいんじゃないでしょうか。ここはそう言う悩みを持った方々が集う場所でもあるのでね」
バーテンダーは、顔に似合わないあどけない笑顔で私にそう言う。私はその笑顔から発せられた言葉を素直ではないかも知れないが、努力の報酬としてお酒と一緒に飲み込む。
「そろそろ来る頃と思っていました。『アプリコットフィズ』でよろしいでしょうか?」
「ええ、お願いします」
程よく心身が火照った頃。先客の男性と入れ違いで爽やかな声が印象的な男性が入ってくる。最初はそれを無視ようとしたが、顔を見て直ぐに席を立ってしまう。相手も私に気が付いたのか、目を合わせると直立不動になっていた。一年前に見た顔より少し老けて薄っすらと貫禄があるが、間違いないと確信した。
「久しぶり」
私が何とか出た声はこれだけだったが、後輩は何かを言うまでもなく私を抱きかかえた。
「会いたかったです」
優しい景品 星多みん @hositamin
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