記憶
『思えば一人の男性に恋した事がダメだった』
その男性は新人で、私が受け持った初めての部下だった。
最初は本当に手を焼いた。時間を守らないのだ。それを見て一番に見捨てようと思ったが、それ以外は優秀で遅刻した分の穴埋めも完璧で、本人もやる気に満ち溢れていたからか、もしくは初めての後輩だからか、私は他の社員に角が立たないようにサポートしたり、彼自身にも遅刻をしないように、寝る時間を徹底させて毎朝電話で起こしたりした。
そんな事を一か月していると、流石の彼も改善しようとしたのだろう。遅刻の回数が毎日の遅刻が三度に一回。それから遅刻が週に一度から月に一回。
最終的には半年間無遅刻で働けた時、私に社運を掛けた大仕事が回ってきた。
当たり前に、最初は断った。確かに短期的に見れば受けた方がいいのだが、それ以上に後輩を持った状態での仕事には不安感があって、仮に受けたとしてもサビ残続きの毎日になるのは予測出来ていた。だが元勤務先は中小企業。人も足りなければ、入社半年でほぼ戦力と見なされるカツカツの営業。
そして課長は『優秀な部下に時間厳守な私の性格があるから任せたい。勿論、サポートはするから』と無理矢理任される始末。
案の定、そこからは大忙しだった。家に帰っても仕事の事を考えてしまうので、ほぼ会社のデスクで後輩と企画書を練ったり、会社的に無理がありそうな案が出れば、色々な方に根回しをしたりと、大口叩いていた課長は殆ど役に立たず、二人でサビ残続きだった。
ここまでなら、ただの上司と部下で終われたのだが、明確に変わったのは久しぶりの休みの時。後輩の彼から飲みに行こうと誘ってきた。お互い一人暮らしで家に帰っても何もするとこはなく、私は寝酒に丁度いいと思い二つ返事で了承した。
席に付いて程よく酔い始めた頃、不思議と彼はお酒を飲まず、彼は私のプライベートを詮索しようとする。
生まれは何処なのか。
親子の仲は。
学生生活の思い出。
元彼はいたのか、居たらどんな人だったのか。
私はそれに出来る限り興味を削ぐのを目標として答えていたのだが、彼は一つ一つ真剣に聞いていた。その反応が気持ち良かったのか、酒のせいなのか、私はどんどん深く、ただの後輩にはしないような身の上話をしていった。
生まれは地方の駅近く。
親子の仲は最悪で、見下されている感じが嫌で一人暮らしをした。
学生生活は常に努力をしていた優等生だけど、友人は少なかった。
元彼は一人だけ居たけど、良いように使われて捨てられた。
話の多くに彼は状況に応じた反応や、たまに自分の過去も話してくれた。その大半は覚えられない雑談なのだが、唯一覚えているのは彼に告白されたことだ。
どうやら結構前から惚れくれていたらしい。そのことを私に伝えると、彼は何とかフィズというカクテルを頼むと、顔をほんのり赤くしながら爽やかな声で『何処までも見捨てないでくれた』って、そんな何ともおかしな理由を付け足した。私は呆れたが、明後日のプレゼントで良く転ぶと思って付き合うことにした。
そんな多くの時間を費やしてきた仕事は結論から言うと成功したが失敗に終わった。
今でもなにがなんなのか分からない。ただ気が付いた時には課長が手柄を我が物にして、抗議した後輩は社内恋愛が会社の雰囲気を悪くすると何処かに飛ばされてしまった。
最初こそは仕方ない事だと納得しようとしたが、働けば働くほど理不尽だと感じて、課長に体を触られるたびに彼に罪悪感が芽生えた。それでも私は我慢した。彼が戻れるように、誰よりも偉くなるために、彼との連絡を絶って狂いそうな仕事を毎日した。
そんな努力も結局は報われなかった。それはそうだ、彼が待ってくれるわけないのだ。セクハラ課長に媚びて、自分の地位を確立する為には枕もしたし、優秀な新人も潰した。それを何処かで知った彼は程無くして会社を辞めもせず、他の女に行くでもなく失踪してしまった。
「私はそれを知ってから…… 何が間違えだったのか」
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