第20話





「遠慮することなんてないわぁ~。一人暮らしなんて初めてでしょぉ~」

「はは……ではお言葉に甘えて……」


またかよ!? カイキのクソ野郎っ。


ボクがどこに住んでいるかということを聞かれ、車で1時間の距離のところに住んでいると答えた。


そんな距離じゃ不便でしょ? と物件を借りることを勧められて内見に付き合ってくれるという流れだった。


しかしカイキ先輩はいつの間にか消えていた。楽しそうなピンキー先輩に不動産屋に連れられて内見をすることになった。


「もうカイキクンってこういうところあるんだからっ。時間がもったいないわっ、行きましょっ」

「……はい」


声とウキウキの表情が一致しないピンキー先輩。カイキ先輩は何度コールしても繋がらない。


思えばあの先輩は終始やる気のなさそうな顔だった――――いや、むしろやる気のある表情のカイキ先輩なんて想像するだけで気持ち悪いぞ!?


「こんにちわぁ~」

「うわっ!!? …………失礼しました、いらっしゃいませ」

「おにいさん。お部屋見せてもらうわね」

「……はい、よろこんで」

「…………」


どうやらこの不動産の若い社員狙いでここを選んだようだ。


「こちらの物件はいかかでしょう? 部屋の広さの割りにかなりお得ですよ」


しかし何も言わずともすぐに候補を出してくれた。探索者は車持ちだし、ある程度金銭的な余裕もある。前回ピンキー先輩が来たときのことを覚えていて同じ条件の物件を出したのだろう。


なぜ割安なのか、それは需要の問題だ。

学生の一人暮らしには高く、家族暮らしには狭い、そういった物件はどうしても需要が少なくなる。だから家賃を安くするというわけだ。さらに車を持っているボクは選べる範囲が増える。


「せっかくだから新しいのが見たいわぁ」


写真の中の家具のない部屋は、白い壁紙に木目のフローリングはまるでドラマの中のシーンだ。ボクには家具を置いて生活する想像が全くつかないけど、ピンキー先輩にはその光景が見えているように楽しそうだ。


不動産の人が最初に勧めてくれた物件と新築の物件の違いがなかなか分からない。辛うじて分かるのは天井が高いとか天窓があるかで開放感を感じるくらいだ。なんたって予算の都合上、部屋の広さはほぼ同じなのだ。


このままだと延々と時間だけが過ぎてしまう。ピンキー先輩がある程度満足したところで自分の意思を伝えることにした。


「ここの部屋が気になりますね。あとは周囲の環境を確認したいですね」

「それと比べるならこことここも行きましょ」

「かしこまりました。早速内見に行きましょうか」

「周囲の環境も見ておきたいですね」

「そうね。アタシが遊びに行きやすいところじゃないとね」

「「……………」」


ピンキー先輩のその言葉になんとも言えない表情でボクと不動産屋さんは見つめ合うのだった。


「ここに決めました」


内見をして大学まで車で10分の距離の物件に決めた。


実際に部屋の中に入ると写真と印象よりも広く感じる。


それとボクはあまり家具や家電を置くつもりはない。ただ友達を招くつもりなのでソファーやイスやテーブルは置くつもりだ。


そのことをピンキー先輩に言うと思った以上に話が盛り上がり、新生活の明確なイメージができた。


その中で物件を選んだ決め手はキッチンだった。


「あら? ノビタくん、料理できるの?」

「ダンジョンの中ではパンや携帯食ばかりなので。1人暮らしをするならちょっと凝った料理をしてみようかと」

「肉じゃがくらいは作れるわよね?」

「はい。パスタもよく作りますよ」

「これはモテるわぁ……」


電気が通るまで10日は掛かるらしいので入居日はそれ以降らしい。


「ところでアタシがいうのもなんだけど流れで決めてよかったの?」

「いいんですよ。判断を先延ばしにしないのが探索者ですからね」

「そうだけどぉー。だからこそ地上くらいはあれこれ考えて楽しみたいと思うものぉ~」


女子の買い物は長い。選ぶこと自体を楽しむという考え方はなかなかボクには理解できないが、女性と付き合うなら買い物についていくこともありえるだろう。


そういえば気になることを思い出した。


「今日は他の人もカイキ先輩は呼んだのですよね。どんな人たちなんですか?」

「あ~。ひとことで言うとダンジョンに魅入られた人たち。連絡手段はあるけどなかなか出てこないから、会うならこっちからダンジョンに入らないといけないわねー」

「なるほど」


つまりボクと同類だ。


ダンジョンが楽しすぎればきっとボクもダンジョン中心の生活になってしまうだろう。


ところでボクは探索者としてこの大学に入学した人はそういう扱いなのだ。

その代わりにあらゆる学部の授業でも取ることが可能だ。そして必要な単位さえ取ればその学部学科の2年に転入することが可能だ。その猶予期間は3年間。


ではその期間が過ぎれば? そのまま大学の子飼いの探索者に就職だ。扱いは今とほとんど変わらない。


クランに所属するのはカイキ先輩とピンキー先輩の他に6人。その6人がダンジョンの中だそうだ。

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