第3話
それができれば苦労はしねぇ、と私の中の会長が言っている。
しかし、できなければ実際問題ゲームオーバーなわけで。結局のところ、私に行動を起こす以外の選択肢は残されていなかった。
眠れぬ夜を過ごした後は、早起きをして朝食と三人分の弁当を作る。
弁当は私と姉と、あとは長十郎の分だ。手を抜くと姉がうるさいが、あまり凝ったものを作ると長十郎に恐縮されるので塩梅が意外と難しい。
でもまあ、とりあえずハンバーグと卵焼きでも入れておけばどっちも文句は言わないので楽と言えば楽ではあるけど。私は出汁の方が好きだが二人は砂糖派だ。
「うっし、やるぞ」
気合いを入れて、気合いを入れる。あまり長い時間は掛けられない。
短期決戦だ、兵は拙速を尊ぶ。やられる前にやれと偉い人も言っていた。
「ハンバーグ、卵焼き、ベーコンとほうれん草のソテー、ミニトマト」
シンプルに行けば良い。シンプルに。
下手な小細工は気付かれる。緊張を悟られてはいけない。
昼休みになったら長十郎と一緒に弁当を食べ、雑談に乗じて好みのタイプを聞く。疑われそうになったら桃瀬の名前は伏せて正直に話せば丸い。
長十郎だって年頃の男だ、自分を好きな女子がいると聞かされたら嫌でも意識はしてしまうはず。そこで私が好みのタイプの情報と思春期の心の隙を存分に利用し、桃瀬が行動を起こすよりも先に、私のことを好きになってもらう。
「お前が告白するんとちゃうんかい!」
「あいたっ⁉」
後ろから姉にチョップされた。私はとても痛かった。
「え、なに? この期に及んで? 告白する気はないと?」
「……アクションは起こすつもりでいる。でも、桃瀬さんより先に告白はしない」
「一応聞くけど、なんで」
「長十郎には、幸せになってほしいもん」
選ばれたいと思っている。選ばれる努力をするつもりでもいる。
でも、家庭環境のせいで我慢を強いられ、少ない選択肢の中で生きている。
そんな長十郎には、可能な限りたくさんの選択肢をあげたい。
私が選ばれるにしても、桃瀬が選ばれるにしろ、どちらも選ばれないにしろ。
「はぁ……」
姉が呆れたように溜息を吐く。
「あんたは男女の色恋以前に、本当に長十郎のことが好きなんだねぇ……」
「……うん」
「私はてっきりフラれるのが怖くなったのかと」
「そんなわけないじゃん」
そう、私は告白してフラれるのが怖いんじゃない。
正確には万が一告白に成功したとして、後になって「やっぱり桃瀬にすれば良かった」とか思われるのが怖いのである。たとえ長十郎と付き合えなかったとしても、あいつとの関係が終わってしまう方が何倍も嫌だ。
へたれと思うだろうか。いいよ、別に。何とでも言え。
「おっ、ハンバーグ入ってるじゃん」
そんな私の内心を露知らず、姉はよくやったと私の背中を叩く。
魔法瓶に味噌汁を流し込みながら、私は深く溜息を吐くのだった。
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