十二
「誕生日当日、恋人と一緒に過ごせないとか、残念だな」
「ねえ?『十八歳』になるのに」
別れ際、二人からそんなことを言われて、「約束」のことまで話してしまったことをちょっぴり後悔する。
「ん~、でもまあ、いつものことだからなぁ」
それは本心だった。
「最後までするのは十八歳を迎えたら」
と決めた。俺だって、「もしかして誕生日に?」なんて考えたし、「誕生日」が「記念日」になることを期待していなかったわけではない。でも、大紀の仕事柄、お互いの誕生日を当日にお祝いしたことは、今までもほとんど無かった。こればっかりは仕方ないと、もう開き直っている。
二人と別れ、その帰り道で、携帯電話が鳴った。画面には「松島大紀」の文字が表示されている。
「…もしもし」
『玲哉?そろそろ終わった頃かな、って』
「うん、今、帰ってるとこ」
カラオケ店にいる時、二人に冷やかされながら、大紀にメッセージを送った。みんなで撮った写真も添えて。
「…もうそろそろ家に着くよ。だいちゃんは、変わりない?そっちって、寒いの?」
『今の季節はそこまでじゃないよ。朝晩、少し冷えるくらい』
「そっかぁ。でも、気を付けてね」
『大丈夫、普段、鍛えてるから』
と、大紀が笑った。
『…カラオケ、楽しかった?』
「うん、すっごい楽しかった!でも、久しぶりで、全然声出なかった」
『…写真見たよ。玲哉の友達、イケメンだね?』
「そう?あ~、でも、確かに二人ともモテるかも…」
小さい頃から一緒に居たから、あんまり意識したことはなかったけど、言われてみれば、確かにあの二人は整った顔立ちをしている。
二人が時々、女の子から声をかけられたり、手紙やプレゼントをもらう場面を見かけたこと思い出した。
(晴一は生徒会長だったし、邦征もバレー部のキャプテンだったし…。改めて考えるとすごいな、俺の友達…)
性格もいいのだ。
「なにより、優しくて、面倒見がいいんだよね、あの二人」
少し間があって、大紀が低い声で言った。
『…玲哉がそこまで言うなら、良い子達なんだね』
「うん、いつも助けられてる。…かけがえのない親友」
『そっか…親友か』
「?」
何となく、歯切れが悪い大紀の様子を不思議に思いながら歩いているうちに、マンションの前に着く。
「マンション、着いた」
『うん…』
エントランスの入り口に近付き、ドアのロックを解除しようとボタンに手を伸ばしかけたとき、
『かけがえのない親友…』
「ん?うん。小学校から一緒だし」
『う~ん、ちょっとその言い方は…』
「『妬けちゃうなぁ…』」
携帯電話からと、そして、俺を挟んで反対側からと、同じ声が重なって聞こえた。
「……え?」
俺の隣に人影が立ち、携帯の通話が切れた。
隣に立った人が、手にしていた携帯電話をズボンのポケットに入れるのが見える。
「…~~っ!」
胸が高鳴る。その腕にすがりつきたい衝動を押さえ込んで、俺は手早くロックを解除した。エントランスホールに入り、その先にあるエレベーターの前で「上」を示す△ボタンを押すと、すぐに扉が開く。俺が乗り、その後からもう一人続いた。目的階のボタンを押すと同時にその手を取られ、体を引き寄せられる。そして、扉が閉まりきる前に、俺は正面から抱きすくめられた。周囲に人影がないとはいえ、迂闊な行動だ。咎めるように胸を押し返すが、びくともしない。
「ちょっ…!」
「…ただいま、玲哉」
耳元で囁かれ、ふわりといい香りが鼻先を掠める。その声とぬくもりに体の力が抜けていく。ドアが完全にしまってエレベーターが動き出すと、俺は息を吐いて、身を委ねた。
「おかえり、だいちゃん…」
「うん…」
耳に大紀の唇が微かに触れて、どくん、と心臓が跳ねる。
二人でくっついたままエレベーターを降りて、玄関に入るなり大紀が、唇を重ねてきた。
「ん…ふっ」
唇を割り開くように舌が押し入り、唇の内側や上顎をなぞられると、ぞくっとする。俺もたどたどしいながら、舌を差し出して応じる。すぐに、お互いの舌が絡み合い、数日振りの感触に、気持ちがふわふわとしてくるのを感じた。
唇が離れ、また強く抱き締められる。
「…玲哉、会いたかった…」
「うん、俺も…」
嬉しい。ここに、大紀がいる。
「…疲れたでしょ?お茶淹れるよ」
「ん…」
抱擁を解いて、俺達はリビングに移動した。大紀をソファに座らせ、俺はキッチンでお茶の準備をする。
「…はい」
「ありがと。あ、ほうじ茶」
カップを手渡すと、大紀をそれを受け取り、一口飲んで、ほっと息を吐いた。相変わらず、綺麗な顔をしてはいるけど、少し疲れた様子が見える。
(撮影だったし、移動もあるし。そりゃ疲れるよな…)
隣に座ると、大紀は俺の頭に自分の頭を寄せてきた。肩を抱かれ体を引き寄せられてドキッとする。最近、このくらいのスキンシップは日常茶飯事になっていたのに、そわそわしてしまうのは、やっぱりどこかで「誕生日」に期待していたからかもしれない。
「…予定より早かったね」
「うん。今回は、天気に恵まれた。おかげで撮影がさくさく進んだからね」
「…嬉しい、早く帰ってきてくれて」
思ったことがそのまま言葉になる。すると大紀が、
「そう?ほんとにそう思う?」
と言った。その反応が意外で、身を乗り出して振り返ると、大紀は目をそらした。その顔は、なんだか少しふてくされているようにも見える。
「…僕がいなくても、それなりに、楽しんでたみたいだけど?」
「え?あ、カラオケのこと?うん、楽しかった、よ?」
「…ほら」
「?」
さっき、電話でもなんとなく歯切れが悪いところがあった。そこで俺ははた、と気付く。
「…え?もしかして、やきもち?」
「?!」
大紀の顔がみるみる赤くなって、俺はぽかんとしてしまった。
「えと、友達なんだけど…」
「わかってるけど!だってさ、あんな、イケメンだとか思わないじゃん!…学校でも、いつも一緒なんでしょ?」
「!」
大紀が嫉妬している。その事実に、
(どうしよう…。やばい、嬉しいんだけど…)
俺も顔が熱くなってくのを感じた。
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