十一 

「玲哉って、誕生いつだっけ?」

学校からの帰り道、友人の晴一に聞かれた。

「ん?明日だよ」

「だよね?」

晴一が言うと、もう一人の友人、邦征が、

「明日、土曜日じゃん。どっか行くの?同居人と」

と聞いてきた。その質問に少しドキッとするが、

「あ~、あの人今、撮…出張中だから…」

と、なんでもないことのように答える。大紀は映画のロケで、五日くらい前から、北海道に行っているのだ。

「え、つうことはお前、今一人?」

「うん」

「そうなんだ?いつ帰ってくるの?」

「予定は月曜日だけど、状況次第で延びるかも、って言ってたな」

「ふうん…」

「そっか」

晴一と邦征は、小学校の頃からずっと一緒に過ごしてきた幼馴染みだ。大紀と同じくらい、むしろ、ほぼ毎日会っているから、大紀よりも付き合いが長いかもしれない。

母さんが亡くなった時も、大紀との同居が決まった時も、「ほんとに、大丈夫なのか?」「困ってることない?」と、二人はいつも心配してくれた。後になって、母さんが亡くなった直後に「玲哉、家で引き取れないかな?」と、それぞれの家族に相談してくれていたことを知った時、俺は感動で泣いてしまった。そこまで俺のことを気にかけてくれる、かけがえのない親友たち。

そんな二人の親友に、俺はまだ大紀のことを話せていない。きっと二人なら、受け入れてくれるだろう。茶化したり、周囲に言いふらしたりなんて、絶対にしない。

たぶん今も、何かは感じているはずだ。でも、無理やり踏み込んだり、問い詰めたりしてくることはない。二人とのそういう距離感はとても心地良い。ずっとこの関係を大切にしていきたいと思う。

だからこそ、ちゃんと話せないことが心苦しい。

「なあ、今からカラオケ行こうぜ!」

もうすぐ駅に着くというところで、突然邦征が言い出した。いつものことだ。邦征の唐突な提案を、俺と晴一がもっともらしい理由で渋り、結局押し切られて付き合う、というところまでがお約束なのだ。俺が、

「邦征も晴一も…」

これから予備校だろ、と言いかけたところで、

いつもなら一緒に止める晴一が

「いいね、行こう!」

と、すぐに賛成した。

「は?」

驚いて間抜けな声を出す俺に向かって、

「誕生会。一日早いけど」

「そうそう!今日は、俺らが、奢るから!」

二人がにっこりと笑いかけてきた。どうやらすでに、示し合わせていたらしい。俺は、大袈裟に溜め息をついて、

「仕方ないなぁ…」

と、いつもの態度と言葉で、その提案に応じたのだった。

駅近くのカラオケ店に入り、

「二時間、ドリンクバー3つ!」と慣れた様子で邦征が部屋を取る。それぞれ好きな飲み物を取ってきて、三人で乾杯をした。

「玲哉、誕生日おめでと~う!」

「かんぱ~い」

「ありがと、二人とも」

一斉に飲み物に口をつける。

いつもなら、一番にタッチパネルを操作し始める邦征が、今日は触れようとしない。

そのうちに注文していた軽食が届いて、俺は山盛りのフライドポテトをつまみながら、邦征に、

「ねえ、あのアイドルのやつ歌ってよ」

とリクエストした。

「いや、それよりもさ、玲哉」

「そうそう、僕たちも聞きたいんだけど」

「?」

俺は、あまり流行りのアイドルやアーティストの歌を知らない。二人が何を期待しているのか分からず、キョトンとしていると、

「ああ、歌じゃなくて」

「お前、同居人となんかあったんだろ?」

邦征がずばりと聞いてくる。

「…っ!」

俺は、言葉に詰まって、顔がどんどん熱くなっていくのを感じた。

「玲哉、顔~っ!」

「当たりかよ…」

今、耳まで真っ赤になっているはずだ。

「なあ、聞かせろよ」

「うん、話せるとこまででいいから」

「っ…!え、えと…」

二人は、俺に何かあったことも、俺の後ろめたさにも気付いている。だから、きっかけを作ってくれたんだと思う。

(また、気を使わせたんだな…)

こんなに自分のこと気にかけてくれる友達なんだ。

(ちゃんと伝えるべき、だよな…)

大紀の仕事も絡んでくるから、全部話すことは無理だけれど。

「えと、その…」

今も、俺が自分で話し始めるのを待ってくれている。

(大丈夫。ちゃんと、聞いてくれる…)

「実は…」

二人は俺と大紀が中学の時から同居していることとその経緯は知っている。

同居人に好意を持ったこと、同居人が「母親の恋人」だというのが方便だってこと、俺もそれを知らずに気持ちを封印しようとしていたこと、今は思いが通じあっていること…。それらを、訥々と話した。

二人は、途中で目を見開いたり、苦々しい顔をしたりしていたけれど、口を挟まずに聞いてくれた。

「…というわけなんだ…。今、話せるのはここまでなんだけど…。ごめん、今まで黙ってて…。でも、今、俺が幸せだってこと、二人には知っててほしい」

俺が、話し終わると、晴一は、

「手塩にかけて育てた子、恋人にしちゃうとか…。『光源氏』じゃん。いいなぁ…」

と羨ましがり、邦征は、

「同居人、玲哉相手に、よくここまで我慢でしたなぁ…。よっぽどお前のこと、大切にしてんだな」

と、妙に感心していた。

男同士だってこととか、年齢差だとか、同居人の素性だとか。そういったことは追求せずにいてくれる。そして、

「ほんとに、幸せなんだね」

「なら、俺らが言うことなんてねーよ」

二人がそう言ってくれた。嬉しかった。涙が出そうになるほどに。二人も、泣きそうだった。俺達は、それを誤魔化すようにして、たくさん歌った。流行している歌とか、マニアックなアニメの主題歌とか。一時間延長して、また歌って。

そのひとときは受験勉強の息抜きになったし、俺は、一部だけでも二人に伝えることができて、すっきりした。

二人が友達で、本当に良かったと思う。

大紀がいなくて、少し寂しかったけれど、二人のお陰で楽しい気分で明日を迎えられる。そう思った。


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