八
ーside 大紀ー
玲哉の第一印象は「とても可愛らしい」。母親似で、目がパッチリとした色白の少年だった。
初対面の時は、警戒しているようだったので、できるだけ姿勢を低くして、目線を合わせた。少し安心した様子で、自分から「栗原れいやです」と、笑顔で自己紹介してくれた。それから徐々に距離を詰めた。はじめて「だいちゃん」と呼ばれた日のことは一生忘れないと思う。
玲哉の、くるくると変わる表情は見ていて飽きない。笑顔を向けられると、心が満たされる。かれんが「宝物」と言った意味がよく分かった。その素直さと笑顔は、守ってあげたくなる。
玲哉は特撮が好きで、僕のデビュー作である戦隊ヒーローのブルーが特に好きらしい。あの時の稚拙な演技は、今見るとものすごく恥ずかしいが、玲哉は「すっごく、かっこよかった!」と言ってくれた。「この子と、未来の自分に恥ずかしくない演技をしよう」と、芝居に対する思いが変わったかもしれない。
撮影現場で、
「いい顔をするようになった」
そんな風に言われるようになったのはこの頃だと思う。それから少しずつ仕事が増えて、徐々に忙しくなっていった。忙しいのはありがたいことなのに、「ちょっと疲れた」なんて、玲哉の前で愚痴ったら、玲哉がホットケーキを焼いてくれた。どちらが大人で子供かわからない。でも、それは温かくて、甘くて…。「疲れが吹き飛ぶ」なんて、ありきたりのことしか言えなかったけれど、それは決して大袈裟な表現じゃなくて、また、頑張ることができた。
ただ、俳優として軌道に乗るほど、玲哉との時間はなくなっていった。
知名度が上がってくると、事務所から「今が大事な時期」「親子にも迷惑が掛かる」と、二人に会うことを止められた。
かれんから送られてくる玲哉の近況と、かれんの携帯電話を通じて送られてくる玲哉の「日記」には思わず顔が緩んだ。でも、玲哉の「日記」は、忙しい僕を気遣った玲哉の方からフェイドアウトしていった。
中学の入学祝に携帯電話をプレゼントしたのは、繋がりを絶ちたくなかったからだ。でも、その携帯電話での玲哉やり取りは、その事へのお礼のメッセージと、少し大きめの、真新しい制服を着た玲哉の写真が最初で最後。それっきりだった。
だから、あの電話には、そんな気遣い屋の玲哉からの電話には、絶対に出てあげなくちゃいけなかった。誰に迷惑を掛けたとしても。僕の立場がどうなったとしても。
ー母さんが死んじゃった…ー
電話の向こうから聞こえる、悲痛な声。
電話を切ってすぐに駆けつけた警察署で、一年ぶりに再会した玲哉の姿に、思わず息を呑んだ。元々、可愛らしく整った顔立ちの子だった。母親を亡くし、悲壮感を漂わせていたあの子はとても儚なげで、その時期特有の美しさを際立たせていた。そして、僕はその時、自分の中に秘められていた思いを、よこしまな欲望をはっきりと自覚した。
「もう二度と離さない…」
今にも倒れそうな玲哉に駆け寄り、少年の華奢な体を抱き締めた。
◇◇◇◇
唇に柔らかいものが触れ、強く押し付けられたかと思うと、すぐに離れる。
「…ふはっ」
俺は、水の中から出た時みたいに、強く息を吐いた。
「な、に…?」
ー君は、僕のだよー
大紀は確かにそう言った。
(それって…)
言葉の意味を考えようとしたとき、視線がぶつかり、大紀がまたハッとした表情になる。
「!…」
肩を掴んでいた手と、顎に絡まっていた指が離れ、視線も逸らされてしまった。
(ああ、違った?やっぱり)
ふんわりと浮き上がりかけた気持ちが叩き落とされ、急激に萎んでいく。
(「俺」に言ったのかと思った…)
ー僕のだよー
大紀の独占欲に満ちた言葉と視線が、自分に向けられたのだと思って、嬉しくなった。でもそれは勘違いだった。その勘違いがものすごく恥ずかしい。
(分かっててもやっぱり…キツいな~…)
「ははっ…あ~あ」
思わず乾いた笑いが出て、鼻の奥がツンとする。
「…もう、やだ…」
「…ごめん…」
その大紀の声が合図になったみたいに、涙が溢れた。
「玲…」
「…ごめん…、ごめんね、だいちゃん…ごめん…うっ…ふっ」
「…?あ、謝るのは…」
「ごめん」と繰り返す俺に対して、大紀がひどく困惑しているみたいだったけれど、俺自身も自分の感情に戸惑っていた。
(…代わりでいいとか、思ってたのになぁ…)
好きだと思ってくれるなら、母さんの身代わりでも良い、と思おうとしてた。でも、やっぱりそれは無理みたいだ。
「…だいちゃん、ごめんね。俺、母さんには、だいちゃんが好きな『かれんちゃん』にはなれないみたいだね…」
「…っ!?」
大紀が息を呑んだ。
「は?え…?何を…?玲哉…」
「…ごめん。顔が似てるだけじゃ、駄目なんだね、やっぱり…」
「え、玲哉、何を言って……?」
「母さんの代わりに世話焼いてたらさぁ、俺のこと母さんだって錯覚するんじゃないかな~、なんて期待してた…。…けど、やっぱり、だいちゃんは、母さんじゃないと駄目なんだろ…?
俺も…。好きな人が自分を好きじゃないなら、やっぱりつらいや…」
「っ…!それって、つまり…玲哉…」
「ごめん、ごめんね、だいちゃん…」
うわ言みたいに大紀への謝罪を繰り返してしまう。
「玲哉!」
瞬間的に空気が変わった。大紀の声に、俺はびくっと体を強張らせる。
名前を呼ばれ、腕を掴まれたて、気付いたら再び抱き寄せられていた。
「や、やだ、やめて、だいちゃん…」
俺は両手で大紀の胸を押す。だが
大紀はびくともしない。
「は、離し…」
「離さない」
きっぱりと言い切られる。
「や、だ…。や…」
嫌だと繰り返しながらも、そのぬくもりと力強さが心地よく、それ以上抵抗できない。俺を閉じ込めるように、大紀が抱きすくめた。
「…ねえ、玲哉。僕のことが好きなの?」
「…!…!」
「僕のこと好き?ねえ」
「う…、~~っ…!」
「答えて、玲哉。好きな人って僕?」
これ以上、黙っていることはできなかった。大紀の腕の中で、小さく何度も頷いた。
「…好きだよ…。だいちゃんが、好き…!」大紀の胸にしがみついた。
「なら、もう我慢しない。抱き締めるのもキスも、もう躊躇わない。…僕も君が、好きだ…玲哉」
「………え?」
「好きだよ、玲哉」
(だいちゃんが、俺を?…ほんとに?)
恐る恐る見上げると大紀と目が合って、その目がすっと細められる。ちゅっと、瞼に柔らかいものが触れる。
「!」
「ずっと、玲哉が好きだ」
「だ、い…!」
強く抱き締められ、唇が重なった。
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