ーside 大紀ー


玲哉の第一印象は「とても可愛らしい」。母親似で、目がパッチリとした色白の少年だった。

初対面の時は、警戒しているようだったので、できるだけ姿勢を低くして、目線を合わせた。少し安心した様子で、自分から「栗原れいやです」と、笑顔で自己紹介してくれた。それから徐々に距離を詰めた。はじめて「だいちゃん」と呼ばれた日のことは一生忘れないと思う。

玲哉の、くるくると変わる表情は見ていて飽きない。笑顔を向けられると、心が満たされる。かれんが「宝物」と言った意味がよく分かった。その素直さと笑顔は、守ってあげたくなる。

玲哉は特撮が好きで、僕のデビュー作である戦隊ヒーローのブルーが特に好きらしい。あの時の稚拙な演技は、今見るとものすごく恥ずかしいが、玲哉は「すっごく、かっこよかった!」と言ってくれた。「この子と、未来の自分に恥ずかしくない演技をしよう」と、芝居に対する思いが変わったかもしれない。

撮影現場で、

「いい顔をするようになった」

そんな風に言われるようになったのはこの頃だと思う。それから少しずつ仕事が増えて、徐々に忙しくなっていった。忙しいのはありがたいことなのに、「ちょっと疲れた」なんて、玲哉の前で愚痴ったら、玲哉がホットケーキを焼いてくれた。どちらが大人で子供かわからない。でも、それは温かくて、甘くて…。「疲れが吹き飛ぶ」なんて、ありきたりのことしか言えなかったけれど、それは決して大袈裟な表現じゃなくて、また、頑張ることができた。

ただ、俳優として軌道に乗るほど、玲哉との時間はなくなっていった。


知名度が上がってくると、事務所から「今が大事な時期」「親子にも迷惑が掛かる」と、二人に会うことを止められた。

かれんから送られてくる玲哉の近況と、かれんの携帯電話を通じて送られてくる玲哉の「日記」には思わず顔が緩んだ。でも、玲哉の「日記」は、忙しい僕を気遣った玲哉の方からフェイドアウトしていった。

中学の入学祝に携帯電話をプレゼントしたのは、繋がりを絶ちたくなかったからだ。でも、その携帯電話での玲哉やり取りは、その事へのお礼のメッセージと、少し大きめの、真新しい制服を着た玲哉の写真が最初で最後。それっきりだった。

だから、あの電話には、そんな気遣い屋の玲哉からの電話には、絶対に出てあげなくちゃいけなかった。誰に迷惑を掛けたとしても。僕の立場がどうなったとしても。

ー母さんが死んじゃった…ー

電話の向こうから聞こえる、悲痛な声。

電話を切ってすぐに駆けつけた警察署で、一年ぶりに再会した玲哉の姿に、思わず息を呑んだ。元々、可愛らしく整った顔立ちの子だった。母親を亡くし、悲壮感を漂わせていたあの子はとても儚なげで、その時期特有の美しさを際立たせていた。そして、僕はその時、自分の中に秘められていた思いを、よこしまな欲望をはっきりと自覚した。

「もう二度と離さない…」

今にも倒れそうな玲哉に駆け寄り、少年の華奢な体を抱き締めた。


◇◇◇◇


唇に柔らかいものが触れ、強く押し付けられたかと思うと、すぐに離れる。

「…ふはっ」

俺は、水の中から出た時みたいに、強く息を吐いた。

「な、に…?」

ー君は、僕のだよー

大紀は確かにそう言った。

(それって…)

言葉の意味を考えようとしたとき、視線がぶつかり、大紀がまたハッとした表情になる。

「!…」

肩を掴んでいた手と、顎に絡まっていた指が離れ、視線も逸らされてしまった。

(ああ、違った?やっぱり)

ふんわりと浮き上がりかけた気持ちが叩き落とされ、急激に萎んでいく。

(「俺」に言ったのかと思った…)

ー僕のだよー

大紀の独占欲に満ちた言葉と視線が、自分に向けられたのだと思って、嬉しくなった。でもそれは勘違いだった。その勘違いがものすごく恥ずかしい。

(分かっててもやっぱり…キツいな~…)

「ははっ…あ~あ」

思わず乾いた笑いが出て、鼻の奥がツンとする。

「…もう、やだ…」

「…ごめん…」

その大紀の声が合図になったみたいに、涙が溢れた。

「玲…」

「…ごめん…、ごめんね、だいちゃん…ごめん…うっ…ふっ」

「…?あ、謝るのは…」

「ごめん」と繰り返す俺に対して、大紀がひどく困惑しているみたいだったけれど、俺自身も自分の感情に戸惑っていた。

(…代わりでいいとか、思ってたのになぁ…)

好きだと思ってくれるなら、母さんの身代わりでも良い、と思おうとしてた。でも、やっぱりそれは無理みたいだ。

「…だいちゃん、ごめんね。俺、母さんには、だいちゃんが好きな『かれんちゃん』にはなれないみたいだね…」

「…っ!?」

大紀が息を呑んだ。

「は?え…?何を…?玲哉…」

「…ごめん。顔が似てるだけじゃ、駄目なんだね、やっぱり…」

「え、玲哉、何を言って……?」

「母さんの代わりに世話焼いてたらさぁ、俺のこと母さんだって錯覚するんじゃないかな~、なんて期待してた…。…けど、やっぱり、だいちゃんは、母さんじゃないと駄目なんだろ…?

俺も…。好きな人が自分を好きじゃないなら、やっぱりつらいや…」

「っ…!それって、つまり…玲哉…」

「ごめん、ごめんね、だいちゃん…」

うわ言みたいに大紀への謝罪を繰り返してしまう。

「玲哉!」

瞬間的に空気が変わった。大紀の声に、俺はびくっと体を強張らせる。

名前を呼ばれ、腕を掴まれたて、気付いたら再び抱き寄せられていた。

「や、やだ、やめて、だいちゃん…」

俺は両手で大紀の胸を押す。だが

大紀はびくともしない。

「は、離し…」

「離さない」

きっぱりと言い切られる。

「や、だ…。や…」

嫌だと繰り返しながらも、そのぬくもりと力強さが心地よく、それ以上抵抗できない。俺を閉じ込めるように、大紀が抱きすくめた。

「…ねえ、玲哉。僕のことが好きなの?」

「…!…!」

「僕のこと好き?ねえ」

「う…、~~っ…!」

「答えて、玲哉。好きな人って僕?」

これ以上、黙っていることはできなかった。大紀の腕の中で、小さく何度も頷いた。

「…好きだよ…。だいちゃんが、好き…!」大紀の胸にしがみついた。

「なら、もう我慢しない。抱き締めるのもキスも、もう躊躇わない。…僕も君が、好きだ…玲哉」

「………え?」

「好きだよ、玲哉」

(だいちゃんが、俺を?…ほんとに?)

恐る恐る見上げると大紀と目が合って、その目がすっと細められる。ちゅっと、瞼に柔らかいものが触れる。

「!」

「ずっと、玲哉が好きだ」

「だ、い…!」

強く抱き締められ、唇が重なった。

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