四
脱衣所の床に座り込んで膝を抱え、ぐるぐるとまわる洗濯物を、ぼんやりと見つめる。
(もう、無理かなぁ…)
日に日に大きくなっていく大紀への思いを持て余し、顔を合わせ辛くなるのがわかっていても、自慰行為を繰り返してしまう。
自慰行為と、思い浮かべる相手と、その人の恋人だった人。
「俺…」
(母さんにヤキモチ妬いてるし…)
羞恥心、罪悪感、嫉妬心、俺の感情はぐちゃぐちゃだった。
(いっそ、ここを出ようか…)
ふと、思った。
「…あれ、いいんじゃないか?」
名案な気がする。
(もうすぐ、十八歳になるし、あと半年で高校も卒業だし…)
就職して社会人になれば、「大人の仲間入りだ」なんてことは言わないけど、
ーまだ高校生ー
卒業したら少なくとも、そう言われることはなくなるし、就職して、自立できれば…。
(先生に相談して…あとは…)
ー十分に気を付けてねー
過保護な同居人に何て言おうか。そこが一番やっかいかもな、と思った。
ーside 大紀ー
両親が共働きだったため、小学校低学年の頃までは、お隣さんに預けられていた。隣の家は、おばあちゃんと高校生のお孫さんとの二人暮らし家庭。その孫というのが、近所でも評判の美少女、かれんだった。僕が知る限り、二人はずっと二人で暮らしていて、かれんの両親に関しては僕は見たり聞いたりしたことがない。
かれんも、おばあちゃんも、元気で 明るく、なんと言うか懐が広い人たちだった。
学校から帰るとおばあちゃんがおやつをご馳走してくれて、後から帰ってきたかれんが宿題を教えてくれたり、一緒に遊んでくれたりする。夕食をごちそうになることもあった。僕は二人を「かれんちゃん」「おばあちゃん」と呼び、本当の姉や祖母のように慕っていた。
かれんが高校を卒業する直前、あんなに元気だったおばあちゃんが、風邪をこじらせてあっけなくこの世を去ってしまった。すごく悲しかった。身寄りがなくなったかれんの悲しみは計り知れない。
でも、お葬式の後、かれんは、
「泣いてたら叱られそう」
そう言って、涙を拭いた。
「うん…」
僕もそう思う。そして、かれんは
「とりあえず、いろいろやってみよっかな」
と、高校を卒業すると地元を離れた。それから、一度だけ母親が、雑誌に掲載されたかれんを見せてくれたけど、それ以来、何年も会っていない。
再会したのは本当に偶然だった。
大学進学で僕も地元を離れていた。
中学の文化祭をきっかけに、芝居に興味を持った僕は、芸能事務所のオーディションを受けるようになった。何回も落ちたけどあきらめないで挑戦できたのは、あの時のかれんの前向きさに影響されていると思う。そうしてやっと、事務所に所属できることになって、高校のうちにドラマデビューもできた。ただ、それ以降あまりお芝居の仕事はなくて、時々モデルの仕事があるくらい。さすがに少し落ち込んでいる時、同級生に「ボリューム満点でおいしい」「美人のお姉さんがいるから」と、大学のそばの定食屋に連れていかれた。そこの「美人のお姉さん」を見て驚いた。
「…かれんちゃん?」
その店員は、僕の顔をじっと見た後、
「え、まさか、大ちゃん…?」
と目を見開いた。それは、数年ぶりに再会したかれんだった。
「うん、そう、大紀!」
「やだ、おっきく、ほんとおっきくなったねぇ?」
あの頃は、僕の方が見上げていたかれん。再会した時には身長が逆転していて、かれんが僕を見上げていた。でも、笑顔はあの頃のままだった。
それから、時々その定食屋を利用するようになった僕は、かれんから「うちの子にも会ってよ」と誘われた。かれんに子どもがいることも驚いたけれど、かれんが夫を亡くし、女手一つで子育てをしている、という事情を聞いて更に衝撃を受けた。
「家族運ないのよねぇ」
とかれんは苦笑して、でも、すぐにまた明るい表情になった。
「息子はねぇ、ふふ…宝物。いい子だよ~?あたしに似て美人だしね」
そう言って笑う顔は、すっかり母親のもので、僕は、かれんを笑顔する「自慢の息子」に会うのがすごく楽しみになった。
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