食器を棚に仕舞い終えたところで、玄関のチャイムが鳴る。玄関モニターには、大紀のマネージャー山元の姿があった。

「おはようございます。山元さん」

ドアを開ける。

「おはようございます、玲哉くん」

山元は俺より少し背が低く、真ん中で分けた黒髪と丸い顔が優しい印象で、若く見えるが大紀よりも年上らしい。デビュー時から世話になっている大紀は「あの人には頭が上がらない」といつも言っている。

「おはよ、山元さん」

俺の横を抜け、大紀が玄関に降りた。ジャケットとデニムというシンプルな装いは、着飾るよりも洗練されている感じがする。準備万端の大紀を見て、山元が満足気に微笑んだ。

「準備万端ですね。もう、出ますか?」

「うん。今日、長丁場になりそうだし」

「そうですね…」

「ね、玲…」

大紀が何か言おうとしたが、それを遮るように、山元が俺に向かって話しかけた。

「ドラマの方は、1シーンと声の収録ですが、映画の方の撮影が少し押していますので、今日はてっぺん越えになるかと。玲哉くん、お出掛けの際は車に気を付けて、寝る前の戸締まりもしっかりとね」

山元の丁寧な言葉遣いに、はじめは距離を感じていたが、こんな言葉をかけてくれるくらいには気に掛けてくれているらしい。

「ありがとうございます」

その気遣いに笑顔でお礼を言うと、大紀が、

「ちょっと山元さん?!…僕からも。玲哉、遅くなるから…、十分に気を付けてね」

なぜか山元さんと張り合う大紀にも、俺は笑いかけた。

(もう、高校生なんだけどな)

食事中にさりげなく言われたが、大紀にとって俺は「まだ、高校生」なのだ。子ども扱いされることは少し歯痒いが、ここは素直に応じる。

「はい、気を付けます」

「うん、よろしい」

不意に頭を撫でられ、

(やっぱり子ども扱いだ…)

少し胸が苦しくなる。でも、できるだけいつも通りに笑った。

「いってらっしゃい、だいちゃん。頑張ってね。山元さん、お願いします」

「うん、いってきます」

「お任せください」

扉が閉まり、ロックがかかる。急に室内が静かになった気がして、なんだか居たたまれない。

「洗濯しよ」

わざと声にだして、俺は脱衣所に向かった。

かごに入れられた洗濯物はそれほど多くない。一番大きいものは、大紀のバスローブだ。ネットに入れようと手に取り、シャンプーの匂いが鼻を掠めて、俺は思わず顔を埋めた。

好きな匂いと、ふわふわの感触が心地よい。

以前、大紀に

「同じの使っていいよ~」

と言われたシャンプーは、美容室で購入しているらしく中々のお値段。

「え~、やだよ。そんなお高いの、思いきって使えないもん」

俺はそう言って断り、ドラッグストアで買ったシャンプーを使っている。

「思い切って使えない」というのは建前で、ずっとこの匂いに包まれていたら、

(変な気分になっちゃうじゃん…)

と言うのが本音だ。

朝食前、大紀の髪を乾かしている間もやばかった。よく耐えた。

さっき耐えた分、今、昂ってきている。

「ん…」

バスローブをぎゅっと両足で挟みこんで、股間に擦り付ける。それから下だけ脱いで浴室に移動した。

一緒に暮らしはじめてすぐの頃、俺は精通を迎えた。大紀と母親の夢を見て、夢精してしまったのだ。

(落ち込んだなあ、あの日…)

夢の内容にも、下着を汚してしまったことも。それから自慰を覚えた。

「あ、ん…」

すんすんと匂いを嗅ぎながら、腹につくような勢いで勃ち上がっている自身を扱く。先走りが滲み出て、少し滑りが良くなる。

「あ、あ…」

先端を親指でぐりぐりしてから全体に指を這わせ、また握り込む。とぷっと更に先走りが溢れ、ますます滑りがよくなり、手の動きを早めると、強い射精感が込み上げてきた。

「あ、あ…っ!は…っん、くっ!」

ぴゅく、ぴゅくと数回、手の中に精液が飛ぶ。

「はあ…はぁ…」

体の力が抜ける。でもまだ、終わりじゃない。俺は手を伸ばして、後ろの窄まりに先走りと精液を塗りつけた。今朝見た、下着越しの股間を思い出し、窄まりをこねる。つぷりと中指を突き立て、入り口だけをくにくにする。オナニーで後ろを使うようになったのは最近で、これ以上奥まで入れるのはまだちょっと怖い。

「あ、あ…」

ーかれんちゃんと似てきたなぁー

(だってさ…)

大紀の顔を思い浮かべる。

(…ほんとは、母さんがいいんだよね?ご飯作ってくれるのも、髪乾かしてくれるのも…)

「あ、あう…んっ」

(…でも、ずっと一緒にいたら)

浴室内に反響する声が恥ずかしくて、口にバスローブを押し付けた。

(ずっと一緒にいたら…いつか…母さんの代わりに、抱いてくれないかな…)

そんなことはあり得ない、と願いと期待を打ち消す。

(…無理だよね、俺じゃ…俺、男だもん)

それでも、想像の中で、自分を組み敷く大紀を思い描く。きゅうっと後ろが絞まり、先っぽしか入っていない指を押し出した。

「う、ううっ…!」

俺はもう一度達した。抱き締めていたバスローブに、びゅく、びゅくっと白い飛沫がかかる。

「はあっ…はっ…ああ…最悪…はっ…」

自慰に耽って、軽い自己嫌悪に陥る。このところ、それの繰り返しだ。

そして今は、射精後の脱力感が大きく、俺はパスタブにもたれかかり、しばらく動けなかった。






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