五分間の夏

目眩く響めく

第1話

「5分間だけ付き合ってくれないか?」

そんな問いを送信した中二の夏。相手は承諾してくれた。それが私の初彼女だった。特に彼女が好きだった、という訳ではないが、自分のモノになった瞬間に途方もない執着が湧いてしまった。定刻の5分が来た時、私は彼女に別れを告げた。そういう約束だったからだ。しかし、一度手に入れた蜜を手放せるほど私は強くなかった。別れた後も会話は続けていた為、日に日に彼女への気持ちは増幅していくばかりだった。

 「うち来て映画観ない?」

そう誘われたのは夏の暮れ頃だった。もちろん承諾した。閾値を迎えた劣情は日常生活に支障をきたした。いつ、どこで何があっても脳裏に彼女が焼き付いていた。彼女の何が好きか、と聞かれたら存在しているところと答えるほどには愛していた。そんな折、彼女の家へ行く日になった。中学生ながらに容姿に気を遣い、待ち合わせ場所へ行った。

「こっちこっち!」

声のした方向を向くと、そこには彼女が立っていた。初めて見る私服。学校では地味っ気があるのに肩出しの私服。正常な判断はできなくなっていた。

「それじゃあ、着いてきて。」

2人で歩くことは初めてだった。学校で話すことが少なかったからだ。道中、会話は無かった。彼女の匂いでクラクラしたからだった。

「着いたよ。」

マンションに住んでいるのは知っていた。9階なのも。前に聞いたからだ。エレベーターで上る2人の間には、少し汗ばんだ空気が漂っていた。

「ただいま」

そう言って彼女が私の手を引く。それに続く形でお邪魔しますとだけ呟いた。蒸し暑い外とは裏腹に中は涼しく、甘い匂いがした。

「今日は私しかいないんだ。」

そう呟いた彼女は、私を部屋に案内した。彼女の部屋はカーペットの敷いてある綺麗な部屋だった。通学用のカバン、趣味のフィギュアがぽつぽつとある部屋。部屋の中央にはモニターがあり、それで映画を見るようだった。

「じゃあ飲み物取ってくるから。」

そう話した彼女の声は、少し上擦っていた。彼女も同じ気持ちなのだろうか。先ほどから妙に素っ気ないのもそれが理由なのだろうか。そんな疑問が渦巻いていると彼女が帰ってきた。

「じゃあ、観よっか。」

麦茶を注ぎながらそう誘われた。一口だけ口に含んでから、私は承諾した。

 映画はホラー映画だった。電気を消して、カーテンを閉じると昼でもそれなりに雰囲気は出た。モニターの光が唯一の光源だった。薄明かりの中に男女が2人。しかも意中の人。私は映画どころでは無かった。上映が開始すると、彼女は映画に集中した。私も散漫しつつも映画を観ていた。30分ほど観ていると、映画の中で濡れ場が描写された。その様は生々しく、私は思わず息を呑んだ。その後も映画は続き、彼女は軽い悲鳴を出しながらも、映画の上映は終了した。私はというものの、先刻観た濡れ場が印象的すぎて、ほとんど映画が入ってこなかった。普通、私はそんな状況に陥ることはまず無いのだが、状況が状況だった。

「映画、どうだった?」

私は言葉を濁しながら答えた。

「怖かったよ。」

「怖かったよね。でも君は、」

そう言いながらモニターの電源が落とされた。

「そういうコトに興味があるの?」

そう言うと、彼女は私に覆い被さった。むせ返るほどの彼女の匂い。私は肯定もせず彼女の腰に手を回した。

「えっちなシーンがあったから、君はどんな顔してるのか気になって見てみたの。釘付けだったね。」

ぐうの音も出ない。マウントポジションを取られた状態での言葉。嫌な気はしない。未だ暗い部屋の中で、2人は見つめ合う。自分の体に乗っている彼女が愛おしくてたまらなかった。

「どうする?」

その問いに、私は突拍子もないことを口走った。

「付き合ってくれ。」

彼女は何も言わずに、私の唇を奪った。

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五分間の夏 目眩く響めく @mekurumekudoyomeku

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