第8話 美化
轟音による揺れは、数秒続いた。
数発落ちた訳ではないと推測をし、雨無は即座にスーツを身に纏い、部屋に立てかけた大量の黒ケースから二つを選ぶ。
それらに加え、いつにない大量の銃弾を用意する。
(仕事だ)
雨無は視線をあげると、その瞳に輝きはなかった。
ここからは、雨無は人でなくなるのだから。
本棟廊下は、既に騒々しくなっている。
が、あの轟音の直後すぐに部屋を出ることは禁じられている。
ルールを守らないことがどれほどいけないことか、彼らは知らなかったのだろう。
(残念だな)
雨無は準備を終えると、しばらく部屋にとどまった。
静かに報告を待つ。
ものの数分で、耳にはノイズを混じらせた通信が入った。
『核爆――の投下を確認 隊員は一切自室、または――いた場を動かないこと
外へ開放されていた扉がないか、及び――隊員がどれだけいるか、確認――急げ』
声の主は司令官長だ。
彼は無事だったか。
雨無はこの僅かな時間を使って状況を整理する。
あの兵器が落とされた。
時期としては合理的だ。
こちらは全快、向こうは敗戦一歩手前。
非常に貴重な兵器だが、出し惜しみしている暇はないと判断したか。
司令官長が無事な以上、管理職らは無事と捉えていいだろう。
この自陣本棟は、かの兵器にも耐える造りになっているため、館内にいる限り問題はない。
が、どこか一点でも、扉が開放されていた場合は別だ。
その場合、そこと吹き抜けになっている全ての場所が死地となる。
問題は、本来は耐える造りになっているものの、監視塔が耐えられたかどうか、また堀などで監視を行っていた者がいないか、適当に本棟を抜け出した者がいないか。
現在の時刻はほぼ正午に近い。
時間としてはかなり危うい時刻。
雨無は冷や汗を垂らす。
正午は外での見回りがある時間帯だ。
また、日光不足での病気を減らすという名目で、この時間は限られた場ではあるが、地下から出ることが出来るのだ。
(この時間帯を知られていたか。いや、当たり前か)
決して、雨無の肉眼だけが優れているわけではない。
時代は進歩している。
肉眼よりも遙かに優れた遠視の機械など、山ほどあるだろう。
こちらを一日観察し、隊員が外部に多くなる時間帯を取られていたというなら、これは必然的な事態。
(勝敗が優位だからと油断したか)
外出は自陣の裏手のみと指示していたはずが、快戦続きで気が緩んでいる。
とはいえ、兵士の頭数を減らすという意味では、あの兵器は特異性を放たない。
確かに必殺ではあるが、今や建物のほぼ全てがこれに対抗できる造りになった以上、狙える人数は少なくなる。
が、それ以上に事態を立て直すのに多大な時間を有してしまうのだ。
それ故に、途中で攻めてこられた場合、万全の対応が取れない可能性が高まる。
(しかし、それを防ぐために私がいる)
とその時、廊下から叫び声が聞こえた。
否、悲鳴と呻き声といったところか。
隊員の宿舎の扉及び壁は、全て完全遮蔽の造りになっているため、攻撃を一切通さない以前に音はほぼ通らない。
しかし、廊下側から叫び声が聞こえる。
これは、異常事態だ。
「これは、過去最悪か」
轟音から約十分。
まだ身体に害を及ぼす時間経過だが、悠長にはしていられない。
身を削るとは、まさにこういうことだ。
雨無は黒ケース二つからそれぞれ武器を取り出した。
太股にはいつものナイフ、ポケットにはシングルショットと違い、フルオート可能なマシンピストルと称される拳銃を代わりに入れる。
背中には二丁の大きな銃。
共にストックの広い、セミオートライフル、それにオートマチックのショットガン。
それぞれの銃弾をストックに満タンにすると共に、腰にそれら予備を大量に装備する。
頭数が分からない以上、用意は大量にしていかねばならない。
「風呂は入り直しかな」
水の滴る髪を一つにキツく縛ると、扉に近づく。
遮音性が高いことはいいことだが、こういう時に困る。
聞こえる声を単語だけ拾う。
「水」
「熱い」
「助けてくれ」
そして悲鳴。
これらは二者の別々の人間から放たれているものだ。
雨無がここに来てから十五、十六回目か。
間隔は様々だが、どれも向こうの戦況が悪化した時にやってくる。
宿舎は地下三階。
爆風がここまで届くことはない。
つまり、目に見えない何かが、どこかに空いていた隙間からやってきたのだ。
通信は司令官長の安全を伝えた以降、途絶えたまま。
この汚れ仕事に、彼らは介入しない。
雨無ひとりの仕事は、突然にやってきた。
轟音から二十分。
雨無は自室の扉を開けた。
熱い。
光を失った瞳は床を見つめる。
革靴が踏むのは倒れた人間。あとは嘔吐。
「美化委員」は、壁に体を預け嘔吐を堪えた生きた人間に容赦なくピストルを向けた。
快音が鳴り響く。
急所ですぐに殺してやれることが、強いての哀れみだろうか。
弾丸が頭を狙った時、ピストルのように軽い銃弾では頭は吹き飛ばず、脳に穴が空く。
倒れた人間が、手足をまったく動かさないのを確認すると、雨無は廊下を駆け出した。
廊下にいる人間の七割が倒れていた。
残りの三割は轟音に驚き廊下に出てきた者と察する。
見分けが付かないと困るので厄介だが、きっとそれらに銃を向けたとしても、誰も雨無を怒らないだろう。
放射線にのみ犯された人間は、落下直後はせいぜい全身の倦怠感と吐き気に襲われる程度で済む。
屋内も密閉空間故に悲惨な現状には変わりないが、そこは看護隊の領分だ。
雨無は地下二階から地下一階へ駆け上がった。
途中、管理室に立ち寄る。
「無事ですか」
扉を足で蹴り開けながら一応の確認を取ると、管理室にいた幹部らは緊迫した表情で頷く。
「時間が悪かった。外にいつも以上に隊員が出ているぞ」
「分かっています」
司令官長の忠告に雨無も頷く。
雨無の今の姿を見た幹部らは居心地悪そうに視線を逸らす。
罪悪感が心無しでもあるのだろうか。
「どこが開いていたのですか」
「外に出ようと隊員が裏口を開けていた」
まさにタイミングが悪かったということか。
たったそれだけの隙間から入った放射線が、これまでの死者を出さざるを得なかった。
「外にいた隊員は全て殺せ。助かる見込みがあったとしても――
「分かっていますって」
司令官長の指示を雨無は遮った。
拒否しているのではない。
もう聞き飽きた。
「では、安全にしていてください」
「裏口の鍵を解除する。扉の前に着いたら通信をしろ」
「分かりました」
多少の嫌味を残すことくらい、構わないだろう。
雨無は最低限の会話のみで管理室を後にした。
本棟にはいくつかの出入り口がある。
正面ゲートは戦線が終わるまで開放されず、主に使われるのは裏口になる。
正面ゲートの厳重さに比べ、裏口は管理室のロックシステムを操作することで解錠が可能で、正面ゲートよりも管理は緩いといえる。
核爆弾の爆風如きでは壊せるものではないが、恐らく、やろうと思えば壊すことすら可能だろう。
あくまでその気になればだが。
隊員は基本外出禁止だが、週に二回。
一時間ほどの時間を捻出し、隊員が自由に外へ出ることが出来る時間が設けられている。
とはいえ、これも戦場の状況によって日は変わるので、確定した日取りはない。
(今回は後者だ。本来は数日前に設定されていた外出日だったが、ズレて今日の正午付近に設定され直した。それが知られていた?おかしい)
面倒なことになったと自覚し、雨無は風のように走りながらため息を吐く。
「た、大佐!お助けを!!どうか!どうかお助けを!」
快音が響く。
響き続ける。
目の前の惨劇を見ながら、自らの未来を悟った者たちは、諦めるか弁明するかの二択を取る。
どちらを取られても美化委員の仕事は銃弾を消費するだけだ。
相手しなければならない人間を殺しながら、雨無は裏口前に着いた。
『雨無。裏口に到着しました。開いています』
『そうか。では、仕事を全うするように』
目の前には肉体が原型を保っていない死体二つ。
はぁーっと長い息を吐くと、通信機を口に近づけた。
『了解』
今まで持っていたピストルを仕舞うと、背負っていた大型のセミオートライフルを持つ。
雨無は自陣を飛び出した。
体力はまだ減ってもいない。
足音を聞きつけたか、自然と自陣に集まっていたか、被爆した者たちは雨無の姿を見つけ、ノロノロと近づいてくる。
放射線にやられた、屋内の連中はともかく、これに触れられては雨無自身が笑い事じゃない。
雨無の遠い視界に入った時点でライフルの引き金を一気に引く。
広い大地を駆け、ライフルを引き続ける。
銃弾が切れれば次はショットガンで手短な死体か怪しいものに銃弾を撃ち込む。
走り続ける革靴は汚れ、頬には返り血、真っ白いシャツが真っ赤に染まった。
たまにどこかで見た顔、知った顔も混じるが、そこに感情を抱かない。
雨無はもう、家族に顔向け出来る人間ではない。
兵士として、一人の女性として、同志に銃を向ける兵士がいてたまるものか。
味方が倒れていくことを察し、雨無に投げられる瓦礫に身を翻し、飛び上がった上空からライフルを撃ち込む。
そっと一息つくと、遠方から強烈な視線を感じ、咄嗟に目が動いた。
雨無の肉眼は、敵陣の人間の性別を判別できるだけの良さだ。
目が合ったと分かる。
向こうは何かしら視力を増強する機械を目に装着している。
男性、若い。
さすがに顔は分からないが、分かったところで敵陣の幹部だ。
「覚悟しておけよ」
雨無は顎を突き上げた。
まるで発した言葉が聞こえたかのように、男の口角が上がった気がする。
「とんでもないな」
大将の職室、自陣最上階、唯一小さな窓が設置された部屋。
男は大将ではない。
けれど、敵陣で味方を撃ち殺す女を見、男は口角を上げた。
戦場には似つかわしいサラサラの黒髪、妙にきまるスーツ姿。
男は同室の男に軽く微笑んだ。
「想像よりもずっとバケモノだ」
「あれが、むこうの最大勢力だ。殺せるか?」
髭を携える男は、窓の向こうに微笑む男を怪訝に見つめた。
「出来ないと思います?誰だと思ってるんです」
「・・・・そうだな」
この男を選んだ髭男の選択は正解だったのか。
それはずっと先の未来に明らかになることだ。
n年後の戦記 有衣見千華 @sen__16
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