第4話 安堵はライフル
『敵陣歩兵の全滅を確認 これより第二監視塔ゲートを閉じます』
監視塔隊員からの通信にみなは安堵する。
歩兵150に対してこちらの歩兵60で対抗したにしては、上出来だろう。
雨無の作戦の真意は、狙撃隊にメインの迎撃を託すことだった。
(兵器不足が深刻だからな)
狙撃隊は戦線ではやはりサポートに回ることが大半だ。
砲撃隊が主な火力源となり、歩兵が臨機応変に立ち回る。
これが通例の動き、なのだが。
各線戦の連戦の影響で、本部からの兵器が減少傾向にある。
それを仇で取り、余っていた狙撃隊の銃弾消費と、狙撃隊をメインに立ち回る作戦の試行も出来たことは良い結果だろう。
戦線というのは、常に自陣敵陣の両側の作戦によって組まれるものであるが、一つの戦線を終えた直後は、やはり休息期間となる。
傷ついた兵士らを治療し、不足した兵器を補充し、新たな策を講じる。
一つのサイクルが終わったということだ。
少しは休息が取れるだろう。
雨無は本体のみを戦場に持っていったライフルをケースに仕舞った。
多用することはないが、最近使用頻度は増えつつあった。
兵器不足によって、よりコスパのいい戦闘が求められているのだろう。
雨無が戦闘に加われば、低コストで終わると認識されているようだ。
『幸乃ちゃん。いるかな?』
小さなノイズ音の後、耳につけた通信機から声が聞こえた。
雨無にとっては聞き慣れた、しかし戦線では聞き慣れないような柔らかい女性の声だ。
雨無を下の名前で呼ぶ人がまず珍しいが、このように親しい口調で話してくれるのは、雨無にとって一人しかいない。
『佐々木。どうしたの』
通信機は意思疎通が叶うほど優れたものではないので、通信機に通るだけの抑えた声量で雨無は返した。
『いいの入ってるよ。暇ならおいで』
わざわざ言い回しをする理由は、これが管理職の隠れた特権だから。
『後始末が済んだら行く。取っておいて』
間髪入れずに返すと、楽しそうな笑い声が聞こえた後、『はーい』と陽気な返事と共に通信は切れた。
ふと視線をあげると、既に解散の指示を出したにも関わらず、歩兵らが雨無に視線を向けている。
(通信の内容が気になった、という顔ではないな。いや、そもそも目線の先は私ではなく――)
そこまで思考が追いついたところで、雨無は太股につけたベルトからナイフを引き抜き、背後を振り返りながら振るった。
「死にたいのか」
振るったナイフは背後の壁に深く突き刺さった。
先ほどの戦線に参加していた歩兵の男だ。
怯えているが、まだチラチラと視線を向けてくる。
その視線の先を辿って、雨無は小さくため息をついた。
(背中が切れている。ライフルを引き抜く時に擦れたか)
後ろ手に触れると、僅かに手が血で滲む。
シャツが血で滲んだことにより、肌が透けて見えていたらしい。
白けた顔で血の滲んだ手を見つめていると、その隙に男は逃げ出していた。
すぐに追いつける距離だったが、雨無は追わなかった。
(いつだって、女は弱い)
『雨無。招集だ』
先ほどの朗らかな会話とは一変。
通信機から冷酷な声が届く。
雨無、と名前を指定してまで呼んできたということは、集合は雨無だけか。
『了解』
何かの会議を忘れた覚えはない。
通信機に短く答えると、雨無はすっと辺りを見回す。
先ほど、同じく雨無に視線を向けていた歩兵らは、どこかバツが悪そうに視線を背ける。
そこにため息をつくと、雨無はライフルケースを背負ってその場を走り抜けた。
「負傷していたのか」
雨無を招集した上司は、雨無が背中から血を流す姿を見て言った。
その様子は、心配とも呆れとも、どちらとも取れる表情だった。
「大したものではありません」
雨無はこれ以上追求されないように、血を手で力強く拭った。
手に付着した血を気にも留めない様子の雨無を、上司は見つめると、雨無を別の部屋へと案内した。
こちら側は、来客用の談話室があったはずだ。
しかし、こんな最前線に来客と呼べるほどの人物はそう来ない。
「あの、今日は」
「戦軍本部より、司令官長殿がいらっしゃっている」
「えっ!?」
途端に声が弾んだ。
上司はいつもより僅かに柔和な声で放つ。
「談話室におられる。時間は気にするな」
「あ、ありがとうございます!」
雨無は咄嗟に頭を下げると、談話室へと走った。
「失礼します!」
談話室の扉前に着いたところで、慌てて息を整える。
無様な様子は見せていられない。
髪と服も多少ながら整える。
「どうぞ」
室内から透る声が届き、雨無は扉を開けた。
「久しぶりだな。幸乃」
「おと、いえ。司令官長殿も、ご息災で何よりです」
雨無は戦線で誰にも見せたことの無い、笑顔を浮かべた。
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