第3話 生き残るスタイル
戦軍大佐
大佐という立場は、大将や戦線指揮官、総帥などに比べると遙かに格下だが、下級兵士からすれば十分尊敬に値する存在だ。
何より、最前線にいる大佐が稀だ。
しかし、それに加えて雨無は更に特殊な役割を同時に担っていた。
『こちら第三監視塔 こちら第三監視塔 進軍していた歩兵600の内、約150がこちらに接近 歩兵150が自陣に接近 至急指示を求む 指示求む』
戦軍に所属する隊員全員は一律で通信機を所持している。
耳に指すイヤホン型で、通信を流す対象は自由に選択が可能だ。
今の通信は恐らく監視塔の隊員から管理職に向けてのみ流されたもの。
「予想より歩兵が残ったか」
雨無は控えていた監視塔の一つから肉眼を光らせた。
歩兵の目的より、雨無が現在いる第六監視塔はやや外れている。
狙いは第二監視塔辺りか。
(第二なら歩兵の待機がある程度ある。惜しいが、少し出すか)
『こちら雨無 第二監視塔より、歩兵60 第三・第四監視塔より狙撃隊計5 追加』
『第三監視塔 了解』
『第二監視塔 了解』
『第四監視塔 了解』
各々から通信が返ってきたことを確認すると、雨無も座った監視塔の床から立ち上がった。
「どちらに向かわれるので?」
第六監視塔の隊員は雨無の見慣れない行動に問いかける。
雨無は階級は大佐、その役職は軍師だ。
戦中はどこかの監視塔から戦況を確認し、対策を考え指示を送るのが仕事。
しかし、また別の役職もある。
「出てくる。歩兵は減らしたくない」
雨無が自身の隣に置いていた黒いケースを背負う。
その様子を見ると、隊員はすぐに頷いた。
「ご武運を」
「うん」
背中に黒いケースを背負うと、雨無は第二監視塔へ向かった。
「歩兵は近接を採用。狙撃隊でなるべく頭数を減らして。歩兵はあくまで狙撃隊の位置と弾道の隠匿」
歩兵が出動する第二監視塔に到着した雨無は細かな指示を出し始めた。
自陣は監視塔を拠点に八つの部隊に分かれている。
それぞれに、歩兵隊、砲撃隊、狙撃隊が配置されており、敵陣の進攻に併せて、出動する監視塔を変えるのだ。
それでも、管理職の雨無は監視塔には無所属のため、面と向かって兵士らに指示を送ることはない。
またも異例のその様子に、歩兵らはぼぅっと雨無を見つめた。
体のラインを強調するワイシャツでは雨無の豊満な胸がくっきりと形が取られている。
先ほど装具を取りに自室に戻った際、暑さからジャケットを置いてきたので余計か。
嫌な視線だが、それに構っている時間はない。
『こちら第二監視塔 第二監視塔 最前線歩兵との距離 約500m 500m 中心線を越えた模様!』
雨無や歩兵の今いる第二監視塔の監視隊員からの報告だ。
時間がない。
「出陣開始!」
雨無が声をあげると、地下と外を塞ぐ繋がるゲートが開く。
開いたゲートから斜面を駆け上がる。
雨無は戦場での指揮官ではないので、他の歩兵に遅れを取らない程度に走る。
歩兵の準備が整うまで、敵陣の進攻を遅らせていたのは狙撃隊だ。
監視塔や自陣の堀などに隊が連なり、敵を遠距離で制する。
彼らの戦場での仕事は敵の動きを遠距離で制すこと、それと戦車や砲撃台を打ち起爆させることなど。
そのため、歩兵自体を殺すことはあまりない。
(他の自陣なら)
歩兵が自陣の地下から姿を出す。
まずはゲートが開いたことで、こちらの出陣を予測していた敵陣から、主に狙撃が飛んでくる。
それを喰らい、何名かの兵は倒れる。
雨無が戦場で誇れる点は三つ。
一つ目が優れた肉眼により、遠距離の攻撃を常人より遙か先に視認出来ること。
ここに、近接で役立つナイフ術が合わさることで、本来命中していた銃弾を弾くことが出来る。
(既に何人か倒れるか。そういえば向こうの狙撃隊も優秀だったな)
雨無ら自陣が、今の敵と交戦を始めてからもう長くなる。
そうなれば、だんだんと敵の得意なことも見えてくる。
走り続ける歩兵から、雨無は僅かに遅れた。
故意ではあるが、体力が男に比べないのも事実。
完璧に心臓を狙って雨無に迫った銃弾を左手に持ったナイフで弾きながら、右手に愛
用の一丁のピストルを構えた。
二つ目が肉眼による弾道予測の速さによる遮弾。
そして三つ目が、狙撃用ではない拳銃での遠距離狙撃だ。
一般的なピストルより銃身の大きなシングルショット・ピストル。
それを右手に構えると、雨無は銃身を目元から離したまま、トリガーを引いた。
戦場において、確実に甲を成さないピストルという軽い一発。
戦場という死の国で、誰も気に留めない消音の一発。
それは正確に味方歩兵を抜け、敵陣で最前線を走る兵士の大腿に命中した。
予想の大外をいった音のしない一発。
絶叫と共に大量の血液が噴射したその時、敵歩兵の視線はたとえ一瞬でもそこへ向く。
放った銃弾が、敵に命中するよりも早く、雨無は次の行動を取っていた。
ピストルをズボンのポケットに突っ込み、同時に背中から長身のライフルを引き抜く。
左膝を立てたニーイング姿勢になり、ほぼ速射。
今度は轟音を立てて発射された重い銃弾は、先ほど大腿を撃ち抜いた兵士の額に命中した。
衝撃で吹き飛ぶ頭を確認すると、雨無はショットガンを背中に戻し、その後の戦況をしばし見守った。
狙撃の基本は動きの制動及び撹乱。
しかし雨無の行動は確実に常人を越えた技。
幸運にももたらされた肉眼の良さと、鍛えた拳銃狙撃の技術。
そして作戦。
女が男に力では勝てない。
しかし、いくらでも生き残る術はあるのだ。
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