第2話 肉眼

「敵数は」

「歩兵約六百、砲台8、狙撃手が、あー・・・20ーいや、21ってところですね」

「距離は」

「最前線が8000」

「その肉眼を、いつか監視塔に常設設置してやりたいものだな」


雨無の報告に、上司は鼻で笑った。


地面を掘り地下に設置された自陣には窓がない。

今雨無は、この自陣で唯一地下から張り出た監視塔を上って敵数を確認してきた。



監視塔は全面が防弾鉄鋼に覆われ、監視役が目を通すための硬化ガラスだけが数カ所空いている。

核爆弾にすら耐える造りの自陣は最高の安全地なのだが、唯一、監視塔だけが僅かに崩壊の危機がある部分だ。


自陣にある監視塔は多い。

そこにも常に人はいるが、狙撃手の的となりやすいことに加え、数の問題で人の交代は多い。


雨無も勿論確認に出た瞬間に狙われる心配もあるが、監視塔に一つだけ空いた直径3cmの硬化ガラスを射抜ける狙撃手は、敵陣にいないだろう。


(もし射貫かれたとしても、私ならナイフで防げる)

是非このナイフ術を、監視塔に上る全隊員に身につけてもらいたいものだが、そう上手くいかないものである。



雨無は監視塔から飛び降りた。

管理室の天井から伝う梯子から上に行けるが、この忙しい時にそんなものに頼っていられない。




「どこを出す」

「現在は砲撃隊に足止めをさせています」

上司将校の声に、部下が冷静に答える。

大量の軍隊が攻めてきているというのに、空気は落ち着いている。


上司は目線を雨無に向けた。

「狙撃手部隊のみで応戦しましょう」

「何故?」

「兵力の無駄です。今銃弾の余りが最も多いのは狙撃隊です」


雨無ははっきりと意見を述べた。


「同意見」

「同じく」

「賛成ですな」

パラパラと、それに賛同する声が続いた。


基本、軍師として有り得ないほどの知識を持つ彼女の意見に、同僚が批判することはない。

やるとすれば、遅刻を咎めるくらいだ。


男尊女卑という言葉がかつてあったと聞く。

男性が尊い存在で女は奴隷に近い存在。

千年代に終わった文化だとも言うが、実際社会からこれが消えたのは最近だろう。


女性だからと、意見を封じたり立場を脅かしたりなどは、戦軍ではしない。

どの知識も実力も、勝利に少しでも必要なものだからだ。



「あちらについては」

雨無は管理室最奥に座し通信機を前にする男へと目を向けた。


この最前線の自陣地で最も高い権力を有する、指揮官という職の人間だ。


「核はなしだ。向こうも戦線が回復していない。無駄という上の判断だ」

「そうですか。そちらには無論従いますが、一つ」

指揮官は雨無へ怪訝な視線を向けた。


「向こう、ではありません。向こうです」

「何?」

室内の視線が雨無に集中した。


「こちらは戦線が全快に近くなりつつある。それは向こうも分かっています」

雨無が種を撒くと、指揮官は本部へと繋がる通信機を取った。

「つまり」

「そろそろ墜ちます。こっちにも」

雨無の黒い瞳に、管理室は息を呑んだ。

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