n年後の戦記

有衣見千華

第1話 序章

雨無幸乃(あまなしゆきの)

22歳


戦軍大佐


大学を飛び級で卒業後、親の言いつけにより半強制的に戦軍に放り込まれた哀れな女性将校。




そこは、悪い意味で男女差別のない社会だった。


女だから戦争に行かなくて良い。そんな甘い世界じゃない。

雨無がたまたま兵士ではなく管理職になっただけ。


酷い世界だ。




――――――




『繰り返す 繰り返す 敵陣より砲撃あり 下級兵士は装備着用の元 持ち場に急行せよ 将校は直ちに管理室へ集合 繰り返す 繰り返す 敵陣より砲撃あり 下級兵士は――』


目覚ましが警報の日は最悪だ。最悪の目覚めだ。

しかし、こんな日も、近日は二日に一回になりつつある。



雨無はベッドの上で目を擦った。


窓の隙間から見える光からみて、時刻は午前四時。

敵陣も朝っぱらから元気なものだ。


廊下からは既に慌ただしく走る足音が聞こえている。

そのうちの一つが雨無の部屋の前で止まり、ドアを乱暴に叩いた。


「雨無!警報が聞こえなかったか!招集だ!!」

「・・・・・・はい」

「早くしろ!!誰も貴様を待たないぞ!」


上司というか、同僚というか、部下というか。

もう上下関係なんてぐちゃぐちゃだ。



雨無は被っていた布を放ると、ベッドから起き上がった。


「佐々木は・・・今日は夜勤か」

同室の女性がベッドにも狭い部屋にもいないことに気づく。

雨無の遅刻は確定かもしれない。



戦軍の将校は制服だ。

スーツ。ただの黒スーツ。

女性だからと、スカートになったりパンプスを鳴らしたりなんて洒落たことはない。

白シャツに黒のパンツとジャケット。それに内羽根の黒革靴。

黒いネクタイといくつか必要なものを持つとそのまま部屋を出た。



ネクタイを巻きながら、狭い廊下で人の間をぬうようにさっさと進んでいく。

背は女性として平均的か高いくらいだが、圧倒的な細身がそれを可能にしている。


鏡無しでネクタイを巻き終えると、拳銃をジャケットの胸ポケットに、ナイフはベルトを付けてそれごと太股に巻きつける。


最後に、長いが毛先が不揃いな黒髪を高い位置で一つに纏めながら歩く。


少しずつ人気ひとけが減り、やがて靴音を鳴らすのは雨無だけになったところで、突き当たりに扉が見える。


扉の前に辿り着くと同時に髪を縛り終え、右手で扉を、左手で髪をひと撫でしながら扉を開けた。



狭い空間に群がる人間が、一斉に開いた扉へと視線を向ける。

「遅い。雨無」

「私女ですよ」

40、50いくつの同僚らの文句を髪を撫でながら聞き流した。

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