第36話

 日が明けて俺とミズナはフェンネル王国の王城に足を運んでいた。辺境伯の処罰が行われることで城内が騒がしくなっていた。


「城内が騒ぎになっているね」

「そうだね。処罰対象が辺境伯だから」


 王様の信頼を得ることが慣れない爵位を持っている貴族が悪いことをしたのだ、騒ぎになって当然と言える。俺とミズナはそんな中で王様が待っている執務室に向かって歩いていく。

 王様のいる執務室の前、俺は扉をノックした。王様の返事が返ってきたのを確認すると執務室の中に入っていく。


「アマツ、ミズナ。いらっしゃい」

「王様。こんにちは」

「お父様。こんにちは」

「アマツはお義父さんと呼んでくれないのか?」

「お、お義父さん?」

「何で疑問形なんだ?」

「いきなり言われたから……」

「ふふふ。慌ててるあまつくん、可愛い」

「辞めてくれ」


 俺は恥ずかしさのあまり、顔を赤らめてしまった。


「それよりも、ご苦労だったな。アマツのおかげで、トゥリップ辺境伯を罰することができる」

「ミズナの命を狙ったやつだ。当り前のことをしただけ」

「アマツも狙われていたんだけどな」


 王様は苦笑いを浮かべていた。


「あと、お義父さんにお願いしたいことが一つだけある」

「何だ?」


 俺は王様にお願い事を述べた。

 フェンネル王国の牢前の広場で、トゥリップ辺境伯が膝をついて王様の前に座らされていた。トゥリップ辺境伯の着ている服は高価なものではなく、罪人が着るような白色のものを着用している。トゥリップ辺境伯の他にアーガスたちも同じように座っていた。見張りも厳重で仮に誰かが助けに来たとしても対処できるほどになっている。


「これから罪人に処分を下す」


 王様が一言言うと場がシーンとなった。ここから王様が言うことは国の今後に関わることになる。適切な処罰ができないと貴族からの不満を買ってしまう可能性だってある。


「罪状を読み上げる前に皆にこれを聞いて欲しい」


 王様はセトとトトから預かったボイスレコーダーのスイッチを入れた。トゥリップ辺境伯の録音された声が流れ始めた。そこにはミズナを札がいしようとしたこと、人身売買を行おうとしていたことがはっきりと録音されていた。ここまで証拠を見せれば、トゥリップ辺境伯は言い逃れをすることすらできない。


「これにより、トゥリップ辺境伯の爵位を剥奪、領地の返還をした上で斬首刑に処す。ついでにトゥリップ辺境伯家の取り潰しも行う。トゥリップの街は別のものに統治してもらうことにする」


 トゥリップ辺境伯本人だけでなく辺境伯家そのものを取り潰しするなんて、王様も容赦ないことをする。ここまですれば再起は不可能だろう。この場に来ていた人たちも納得しているみたいだ。


「そして、お前らは人身売買を生業としていたわけだな。身勝手な理由で人の人生を奪った罪は重い。一生をかけて罪を償わなければならない。鉱山で働くと良いぞ」


 アーガスたちは王様の話を聞いて、青ざめてしまったようだ。フェンネル王国では市場に出回る通貨を作っており、金や銀、銅が採掘できる鉱山が数箇所存在する。鉱山は過酷な環境で、肉体労働なわけだから地獄と言える場所だ。さらに上下関係も厳しく、そこで働く人たちは強者揃いなので心身ともにしっかりと鍛えられると言われている。これでアーガスたちも悪い事を考える余裕すらないだろうと思えた。


「今この場でトゥリップ辺境伯の処刑を実施する。今後、人身売買の取り締まりを強化することにしよう」


 王様は宣言した。そしてトゥリップ辺境伯は二人の騎士によって首を切り落とされた。あまりにもリアルなので、気分が悪くなると思っていたが、そんなことはなかった。一度、自分で他人の命を奪ったことがあったからだろうと思う。ミズナは少し顔色がすぐれないようなので、俺はミズナが落ち着くまで背中をさすった。

 トゥリップの街にはトゥリップ辺境伯の人身売買を黙認していた人たちもいると思われるので、王都の騎士団が立ち入り調査をすることになった。この際なので、王様は災いの目を完全に断つことにしたようだ。俺とミズナの結婚式が行われる前に問題が解決しそうなので、一安心だろう。

 トゥリップ辺境伯の処刑が終わってしばらくして、俺とミズナはゲノゼクト竜王国に幽閉していたザクを連れて再び王様の執務室に足を運んでいた。


「ザクよ。なぜここに呼ばれたのか分かっているな?」

「はいっ!私がした罪は消えません。どんな罰でもお受けいたします」


 ザクは膝をついて頭を下げている。そう言いつつも瞳には後悔の念が宿っているような気がする。ミズナを暗殺しようとした以上、命はないものだと思っているようだ。


「ザクを国外追放とする。二度と世の前に顔を出すではないぞ」

「……はい」


 ザクは命をとられなかったことにほっとしつつ、どこかさみしそうな顔をしていた。俺は王様に軽く頭を下げて、ミズナと一緒に部屋から出て行った。


「ザク。ちょっといいか?」

「何でしょうか?」

「お前に会わせたい人がいる」

「分かりました」


 ザクは元気がない。恋煩いをしているみたいだ。俺とミズナはそんなザクをゲノゼクト竜王国に連れて行った。

 どたどたと足音が俺たちに近づいてくる。走ってきたのはニアだった。「待ちなさい」と言いながらフィーネさんが後ろを追いかけている。やはり子供は元気が一番だと思った。


「ザクお兄ちゃ~んだ‼」


 俺たちと一緒にいたザクを見つけると方向転換をして勢いよく飛びついた。ザクは動揺しながらもニアを受け止めた。


「……うそっ」


 フィーネさんはニアを追いかけるのをやめて、口を押えながら目を赤くしていた。


「フィーネ……」


 ニアを抱き上げながら呟いている。俺はフィーネさんに見惚れてしまって、ザクがニアを落とさないか心配になってしまった。フィーネさんがゆっくりとザクも元に近づいていく。フィーネさんはニアを抱き上げているザクをやさしく包み込んだ。見ているこちらがジーンとしてしまう。


「ザクの名前はもう捨てていいだろ?本当の名前を教えてくれないか?」

「はいっ。名前はウルドと言います」

「ウルドって名前なんだ。ここで働く気はないか?」

「いいんですか?」

「是非ともお願いしたい」

「ありがとうございます」

「二人のことはしっかりと保護するから、安心して仕事に励んでくれ」

「はいっ!」


 フェンネル王国で様子が嘘のようにウルドはすっかり元気になっていた。俺とミズナはウルドたちに三人になる時間を与えるためにこの場を去った。


「どうしたの?あまつくん」

「ミズナに再び会えて、俺は幸せ者だなと思っただけだよ」

「なによ、もう」


 ミズナは顔を赤くしてしまっているようだ。俺はそっとミズナの手を握り、部屋に戻って行った。ウルドたちを見て、そうしたいと思ったからだ。

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