第35話
セトに王様の元にトゥリップ辺境伯を連れてこいと指示してから三日が経った。竜の背に乗って帰ってくるので、そろそろ着く頃だろう。俺は執務室で仕事を行なっている。
「はぁ。人が足りない」
俺は静かに呟いた。フェンネル王国の王城からこちらに移ってきたものや竜人族も働いてくれているのだが、敷地が広すぎる為今いる人数では回りきらない状態である。ミズナも家事を手伝っているくらいには人手不足は深刻になっている。
「休憩しないとダメだよ」
ミズナが扉を開けて声をかけてくれた。
「あぁ。今から休憩するよ」
俺は仕事を一旦辞めて、仕事をしていた部屋からミズナと一緒に出て行った。部屋を出るとお茶と軽いおやつが用意されていた。俺はミズナと横並びになって座った。
「ずっと座ってるだけだと疲れる」
「ふふふ。あまつくんが座って仕事してることが新鮮」
「そう?」
「うん。だってあまつくんと離れ離れになったのは、八年前なんだよ」
「それもそうか。まだ小学生だったもんな」
おやつを口に含みながら、俺はミズナとそんな話をしていた。今の生活が充実しすぎて、あの辛かった頃が懐かしく思えるようになった。俺とミズナは一週間もしないうちに本当の家族になるのだ。初恋が実ったことが嬉しくてたまらない。
「あまつくん。今度休みをとってどこかに行こうよ」
「行くっ!絶対に行く!」
「あまつくん。食いつきすぎっ!」
「あたりまえじゃん」
「ふふふ。嬉しい」
穏やかな雰囲気に包まれる。
「失礼します。アマツ様。セトとトトが帰ってきました」
部屋に入ってきたのはリーネだった。
「すぐに連れてきて」
「分かりました」
リーネは部屋を後にするとセトとトトを連れてきた。セトとトトの後ろには大人と子供を合わせて十二人の女性が居た。無計画に他人を連れてこないはずなので、何らかの事情があるのではないかと思った。
「任意お疲れ様。聞きたいんだけど後ろの女性たちは?」
「人身売買の現場で助けた女性たちです。ここで働きたいと思ってるようです」
セトが口を開く。
「なるほど、なるほど。セトが選んだ人たちみたいだから信用しよう。これからよろしく頼む」
「よろしくお願いします」
女性たちが頭を下げる。ちょうど人手が欲しいと思っていたところなので、ありがたい申し出だった。セトが連れてきたのなら、信用していいだろう。
「リーネ。ラーファと一緒にこの人たちを教育してくれるか?」
「分かりました。こちらへどうぞ」
リーネは女性たちを連れていく。この場に残ったのはセトとトト以外に親子であろう女性たちが残っている。その中で母親だと思われる女性が俺に何かを聞きたそうにしていた。
「聞きたいことがあるみたいですね。名前を教えてもらっても?」
「はいっ。私はフィーネと申します。ほら挨拶しなさい」
フィーネさんが女の子の肩を叩く。容姿が似ているのでフィーネさんの娘ではないかと予想できた。
「こんにちは。ニアです」
ニアは緊張しながらも勇気を出して、声を絞り出している。
「俺はアマツ・ゲノゼクトです。伺っても?」
「ザクのことをご存知ですか?」
「あぁ。知ってるよ」
「会わせてくれませんか?」
「今は無理かな」
「なぜですか?」
「彼はフェンネル王国を裏切っていたんだ。王様の決定がない以上、俺の独断ではどうしようもできないんだ。ですが、ザクは有能みたいなので何とかするつもり。それまで待っていてくれませんか?」
「……分かりました」
フィーネさんは渋々納得してくれた。フィーネの顔は最愛の人にすぐにでも会いたいって感じだ。ザクはこの城内にいるが、会わせるのはこのタイミングではないと思った。ザクの言っていたトゥリップ辺境伯に人質にされていた人はこの二人のことを指しているのだろう。フィーネたちは頭を下げてラーファの元に女性wたちを送り届けて戻ってきたリーネと一緒に部屋から出て行った。
「セト、トト。お疲れ様。報告を聞きたいからここに座って」
「はいっ」
セトとトトは俺の前に座った。
「このおやつ食べていいからね」
ミズナはお茶をセトとトトに出し、おやつを食べるように促していた。セトとトトは「ありがとうございます」と言って、お茶を飲んだ。
「アマツ様の指示通り、トゥリップ辺境伯の悪事の証拠を抑えてきました」
「さすがだな。ラーファはいないから気を張らなくていいよ」
「はいっ」
ラーファの前で敬語以外の言葉で喋ったら叱られてしまうので、セトとトトは気を張っていることが多い。しかし、気を張ってばかりいると疲れるので、たまには休息する必要だ。
「それで、トゥリップ辺境伯はどこにいる?」
「フェンネル王国の王城に引き渡してきた」
「そうか。王様は何か言っていたか?」
「明日、処罰するみたいだからアマツ様とミズナ様にも立ち会って欲しいみたい」
「明日ね。了解。トト。セトの報告ではアーガスを殺そうとしていたみたいだけど、もう良いのか?」
「うん。フェンネル王国の法で裁いてもらうことにするから」
「そうなんだね」
机に用意されていたお菓子を食べつつ、トトはスッキリした様子で笑っていた。トトの心からは復讐心が完全に消えているように思える。
「アマツ様。結婚式の準備は順調?」
「順調だよ」
セトが結婚式の話題を振るとは思わなかったので、少しだけビックリした。結婚式に向けて着々と準備は進んでいる。
「それならよかった」
「二人がトゥリップの街に行っている間、衣装を決めたりサイズ合わせをしたりと大変だった」
「大変だよね。僕には分からないけど」
「分からないなら言うな」
セトの冗談混じりの発言にしっかりと反応しておいた。久々の大人数での団欒の場、部屋全体が和やかな雰囲気に包まれていた。
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