第32話

 太陽が昇り、トゥリップの領民たちが家から出てきて活動を始めている。そしてセトとトトはトゥリップ辺境伯の屋敷近くで張り込みをしていた。トゥリップ辺境伯は取引をするのは昼頃と言っていたが、いつ動き出してもおかしくない状況なので、念の為朝から張り込んでいる。


「セト。出てきたよ」


 トトの指差す方向を見てみると屋敷から馬車が出てきていることを確認することができた。馬車の周りには護衛する騎士が数人いる。護衛をつけるということはトゥリップ辺境伯で間違いないと思った。セトとトトは馬車の後を気づかれないようにつけた。

 しばらくすると馬車が一軒の飲食店の前で停車した。中からはトゥリップ辺境伯が姿を現した。トゥリップ辺境伯のことはアマツ様とミズナ様の結婚発表披露宴の時に顔を見たので、分かっている。トゥリップ辺境伯が降りたということはここが取引場所だということだ。


「二時間くらいしたらここに迎えにきてくれ」

「分かりました」


 馬車の御者は返事をして馬車を走らせた。トゥリップ辺境伯が店の中に入っていくので、セトとトトはとりあえず客として店の中へと入っていった。表向きは普通の飲食店と相違なかった。普通に料理を楽しんでいるお客さんもいる。満席に近いようだったので、人気のある店だということが分かった。

 店員に案内されて席に着き周りを見渡すとトゥリップ辺境伯の姿を確認することができた。普通に席についているので時間になるまで、食事をして待つということだろう。


「注文する?」

「トゥリップ辺境伯が注文したら、頼もうか」

「分かった」


 トゥリップ辺境伯の動向を伺っていると、店の奥から店長らしき男性がトゥリップ辺境伯に接触した。声は全く聞こえなかったが、しばらく話していた。そして男性がトゥリップ辺境伯を店の奥に案内し始めた。


「行こうか」

「うん」


 セトとトトは認識阻害魔法と隠ぺい魔法を発動させた。客はセトとトトが急に姿を消したことに気づいていない様子だった。セトとトトを席に案内した店員は頭を傾げながら席を掃除していた。セトとトトは客と店員に接触しないように気をつけながらトゥリップ辺境伯の後ろをついていった。店の奥には店員の休憩スペースが作られていた。今は店が忙しい時間帯なので休んでいる人は一人もいなかった。休憩スペースには関係者以外立ち入り禁止と書いてある扉が設置されており、トゥリップ辺境伯は男性に扉を開けてもらって中へと入っていった。


「お前ら、しっかりと見張っておけよ」

「はいっ」


 トゥリップ辺境伯を案内していた男性は二人の扉を見張っている男性に釘を刺すと戻っていった。出来るだけ戦闘は避けたかったが、二人を倒さないと先へと進めないらしい。セトとトトは二人の見張りに静かに近づいて、首筋に針を突き刺した。この針には睡眠を促す薬が塗ってあり、二人の見張りは眠りについた。セトとトトは回復魔法を使って注射穴を塞いだ。


「奥に行くよ」

「分かった」


 セトはトトに指示を出すと扉を開けて中へと入っていった。ひたすらまっすぐに伸びる廊下、少しだけひんやりとしていた。装飾は一切施されておらず同じ景色が永遠と続くので、目がおかしくなってしまいそうだった。


「うわぁ〜ん。うわぁ〜ん」

「うるせぇな。泣くんじゃねぇ」


 子どもの泣き声が聞こえてくる。セトとトトは急足で声のする方に近寄っていった。廊下を進んでいった先には生活できそうな設備が揃った広い部屋が出てきた。この場所で買い手が見つかるまでの間、生活させられるということだろう。セトは怒りを必死に抑えた。トゥリップ辺境伯がやっていることは非道な行為だ。絶対に許される行為ではない。トトも必死に感情を抑えてくれている。

 セトは冷静になって状況を確認してみる。セトとトトに敵対しそうな人は護衛の騎士を含めると十五人だった。アーガスもしっかりと手下を連れてきている。捕まっている子供を含めた女性の数は十人。捕まっている人を人質に取られてしまっては勝ち目がなくなる。


「奴らからどうやって引き離そうか……」

「トト。セトのバックに入っている竜を使おうよ。自由に大きさを変えられるみたいだし」

「その考えはいいんだけど、ここでは狭すぎないか?」


 竜が本来の大きさに戻ると今いる場所を破壊しかねない。破壊してしまうと領民にも気づかれてしまい大事になってしまう。


「この場所に適した大きさになって貰えばいいんだよ」

「そんなこと可能なのかな?」

「念話で一旦聞いてみたら?」

「分かった。そうしてみる」


 機転の利いたトトの作戦にセトは託すことにした。実際のところトトは頭がやわらかい。セトが思いつかない作戦を考えつくこともある。普段からこうだったらいいのにとは思うが、セトはトトのことを信頼している。


『ねぇ、この場所にあった大きさになれる?』

『無論だ』

『それなら頼んでいい?』

『いいぞ』

『よろしく』

『うむ』


 セトは竜の話を聞いた後にトトに向かって親指を立てた。トトもセトに向かって親指を立てる。


「いけ!」


 セトがバックから竜を出すとどんどん大きくなっていく。竜はセトの意図を理解してくれて、この場所にあった大きさになった。天井は結構高かったので、予想より遥かに大きい大きさになっていた。

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