第31話

 部屋を出て、できるだけ無駄な戦闘は避けながらトゥリップ辺境伯の部屋を探す。ゲノゼクト竜王国の城ほどではないが、広いことには変わりない。部屋の数も多いので、探すのは大変だろうと思った。


「お前が、ミズナ王女が王都を離れた時に襲撃を失敗しなければ、こんなことにはならなかったんだぞ!」

「化け物がいたんだから普通に無理でしょ?」


 男性同士の会話が耳に入ってきた。偉そうな口調をしていることから二人の男性のうち片方がトゥリップ辺境伯だということは分かる。もう一人の男性は聞いたことのある声をしているのだが、誰なのか思い出すことができなかった。


「このボイスレコーダーで撮っておいたほうがいいよね?」

「撮っておいたほうがいいと思う」


 セトは服のポケットにしまってあったボイスレコーダーを持って録音ボタンを押した。そのまま静かに部屋の中の会話を聞いた。


「子供も含め、数人の女性を確保した。引き渡し場所は例のお店でいいか?」

「あぁ。それで良い。昼頃にそこに向かう」

「分かった」

「今回の女の見た目はどうだ?」

「もちろん。全員、上玉だ」

「さすがだ。可愛くないと買い手が見つからないしな」

「今回も稼がせてもらう」

「お互いにな」


 二人の男性のご機嫌な笑い声が廊下にまで響いている。


「トゥリップ辺境伯はクソ野郎だな」


 トトが怒りをあらわにしていた。フェンネル王国では人身売買は固く禁じられている。それでも人身売買は大金を稼ぐことができるので、隠れて売買する者が多く存在する。闇市なんかも定期的に開かれているみたいなので、取り締まりが行き届いていないのが現状だ。これでトゥリップ辺境伯を罪に問うことが出来る重要な証拠が手に入ったと言えよう。

 しばらくして二人の会話が止まった。セトとトトに気づいたのかと焦ったが、違ったようだ。ドアノブが回転する。そしてゆっくりと扉が開き始めた。セトとトトは念の為、扉から離れた。認識阻害魔法を使っていても体がぶつかってしまうと気づかれてしまう。それを避ける為に移動したのだ。扉が完全に開き切ってすぐに男性が姿を現した。


「あいつを殺す」

トトが血相を変えている。

「トト。今はダメだ」


 セトもトトと同じ感情になったが、今にでも男性を殺めようとしているトトの体を掴んだ。ここで騒ぎを起こしたら今までのことを全部水の泡にしてしまう可能性があったからだ。


「離せよ。セト。あいつが憎くないのか?」

「憎いに決まってる。でもダメだ。落ち着け」


 止めても向かって行こうとするトトをセトは必死に止めた。ここまでトトが冷静さを失ったのは、先ほどまでトゥリップ辺境伯と話していた男性の顔を見たことがあったからだ。アマツ様に拾われる前に所属していた盗賊団の団長でセトとトトの両親の命を奪った憎き相手、名前はアーガス。こんなところで再開するとは予想外だった。


「落ち着いてきたか?行動を起こす前にアマツ様に報告するのが先だ」

「分かったよ……」


 昔のセトなら感情に任せてここでアーガスを殺していたかもしれないが、今は立場というものがある。勝手に行動をしてしまったらアマツ様に多大な迷惑をかけることになるので、今はこの気持ちを抑えなければならない。


「証拠は抑えることができたし、今日のところは宿に戻ろう」

「……うん」


 トトはまだご機嫌斜めのようだが、渋々頷いてくれた。セトとトトは入ってきた部屋の女性に窓を開けてもらって、屋敷の外へと出ていった。


『アマツ様。起きていますか?』


 宿に戻ってすぐにセトはアマツ様を念話で呼び出した。


『何かあったのか?』

『はい……。アマツ様に拾われる前に所属していた盗賊団団長のアーガスがトゥリップ辺境伯の屋敷に出入りしていました』

『そうか。セトとトトが復讐したいと思っていた相手だったけ?』

『そうです。トトが殺しそうになったのを止めたのですが、どう対処したら良いか分からなくて……』

『なるほど。俺としては好きに対処してもらっても構わない』

『大丈夫でしょうか?』

『ああ。大丈夫だ。こちらで何とかしてやる』

『ありがとうございます』

『他にも報告はあるか?』

『はいっ。トゥリップ辺境伯は人身売買に手を出していました。明日、アーガスと取引するみたいです』

『セト。人身売買がフェンネル王国で固く禁じられているのは知ってるな?』

『はいっ。知っています』

『それを大義名分にして復讐をすれば良い。ついでに人の救出もしてくるんだ。王様には俺から報告しておく』

『はいっ』

『じゃあな』

『おやすみなさい』


 セトはアマツ様と会話をし終えると念話を閉じた。


「トト。アマツ様の許可がおりたから明日、アーガスに復讐する」

「本当に⁈」

「うん。徹底的にやろう」


 隣の布団で寝転がっていたトトの表情が明るくなった。


「明日は朝から屋敷周辺で張り込みをして、トゥリップ辺境伯が屋敷から出てきたら後をつける。そして取引の場を特定して、人を救出しつつアーガスに復讐すると言うプランで動こう。トゥリップ辺境伯についてはアマツ様から王様に報告がいくから逃しても罪に問われると思う。復讐をすることを目的にしているけど、人の救出することを最優先にする」

「分かった」

「明日は朝早くから動くから今日はもう寝よう」

「うん。セト、おやすみ」

「おやすみ」


 明日のプランを決めるとセトとトトは眠りについた。これで目的の一つだった親の敵討ちを達成することが出来る。この機会を作ってくれたことに感謝をしなければならない。

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