第30話

 すっかりと日が沈み、街を歩く領民の数は少なくなっていた。街の明かりは街灯のみで、街灯が照らしていない場所は真っ暗だ。セトとトトは部屋の窓を開けてそこから外に出た。部屋から出た後は窓をしっかりと閉めておいた。そして屋根から地面に飛び降りた。セトとトトは認識阻害魔法を使っている為、二人に気づくものはいない。アマツ様に無茶振りさせられたことにより、精度はかなり高くなっている。アマツ様でも意識しないと見破れないほどだ。


「とっとと仕事を片付けて、明日は観光しよう」

「うん。観光しよう」


 トトは寝る前と比べると満足そうな表情をしている。よほど観光したかったのだろう。セトの読みは当たっていた。セトも初めて来た街なので、観光したいと思っている。その為にも早く仕事を片付けなければならない。

 トゥリップ辺境伯の住む屋敷の近くまでやってきた。門の見張りは三人程で当たり前のように結界が張られていた。高低差がある土地になっているので、屋敷が立っている場所は街の中央ではなく端っこの高い場所にある。屋敷の後ろ側には山があり、山を超えた先には竜王領があるので、そちら側から攻められることはほとんどないと思う。


「ここからは隠蔽魔法と認識阻害魔法を併用しよう」

「分かった」


 認識阻害魔法だけでは魔力を感知されてしまう可能性がある。だから隠蔽魔法と併用することでその弱点を補おうと考えたのだ。この状態こそが潜入に相応しい。人が出入りする関係上、門にだけ結界が張られていないことが多い。だからこそ見張りの人が配置されている。セトとトトは真正面から屋敷の中へと侵入した。


「今誰か通らなかったか?」


 感の良い見張りの男性が一緒に見張りをしている男性に話しかけた。


「気のせいだろ?俺は気づかなかったし」

「そうか……。気のせいか……」

「お前。疲れているんじゃないか?」

「そうかも」


 賑やかな雰囲気で見張りの人たちはお互いに笑い合っている。セトとトトはそんな見張りの横を堂々と通り過ぎて行った。

 屋敷の中に侵入し、屋敷の周りを歩いて侵入できそうな場所を探す。時間も遅いので屋敷は静まり返っていた。どこも空いている場所がなかったら窓を破る予定だが、できればそうなることは避けたいところだ。


「んんー。空いてる場所はないか……」

「セト。セト。あそこを見て」


 セトが諦めて窓を破ろうとしている時、トトの声が耳に入ってきた。トトの指差す先を見ると窓を開けて外を眺めている女性の姿があったのだ。月明かりに照らされて、胡桃色の髪をしていることが分かる。髪の長さは長めで、ツヤツヤしていた。男性にモテそうな容姿をしている。


「あそこから入ることにするか」

「うん」


 侵入する場所を定めるとセトとトトはアマツ様に教えてもらった身体強化魔法を足にかけて屋根の上に飛び乗った。そして静かに女性に近づいていく。


「最近顔を見せないけど、あの人は無事かしら」


 女性の呟きが聞こえてきた。女の顔をしていることから女性は恋をしているのだと一目見るだけで分かった。


「そこにいるのは誰?」


 女性が警戒した表情をしていた。女性の見ている先はセトとトトがいる場所だった。アマツ様みたいに認識阻害魔法と隠蔽魔法を見破る者がいることに驚きを隠せないでいる。このままトゥリップ辺境伯の耳に入るのは避けたかったので、セトは女性の首元に刃物をそっと添えた。


「静かにしてくれ。僕はアマツ様の指示でここにいる」

「アマツ様ってもしかして……。竜王様の息子の……」

「そうだ」

「なぜ、アマツ様の使いがこのようなところに……」

「すまないが、それは言えない決まりになっているんだ」

「そう……ですか……」


 刃物を突きつけられているから当然なのだが、女性は怖がっていた。それでも女性は勇気を出しながら会話をしていた。女性の目からは何かを守りたいという強い意志を感じ取ることができた。それを必死に隠そうとしているが、目が動いている。視線の先に何かあるということだろう。


「トト。そこの布団をめくってくれ」

「分かった」

「やめて……ください……」


 女性が必死にトトがいる布団に向かおうとするが、セトがそれを阻止する。女性の顔が青ざめていることが分かる。トトが布団をめくるとそこには女性と同じ髪色のショートヘアの少女がスヤスヤと眠っている姿があった。


「なるほどね……」

「何でもしますから、あの子にだけは手を出さないでください」

「僕たちがここに来たことを黙ってくれるなら何もしないよ」

「分かりました……」


 娘がいる手前、女性はセトとトトの言うことを聞いているが、人質もとらずに部屋を出て行ったら報告される可能性がある。もう少し信頼されたほうが良さそうだ。


「質問がある」

「何でしょうか?」

「ザクという人はご存知?」

「ザクって言いましたか⁈彼の居場所を知っているんですか⁈」


 女性の急な態度の変化からザクに対して何らかの気持ちがあることは理解できた。女性と子供が一緒の部屋で寝ていることから、もしかしてと思ったのだ。


「はいっ。彼は今、囚われの身だ」

「どうしてなんですか?」

「詳しいことは言えない。だが、今回の調査の結果次第で解放される可能性だってある。協力を頼めるかな?」

「はいっ。絶対にこのことは報告しません」

「ありがとう」


 セトとトトが部屋から出て行こうとしている時、女性は膝から崩れ落ちた。気を張っていたことで相当な疲労を感じたのだろう。安堵した表情もしている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る