裏切り者

第26話

 フェンネル王国西部にある竜王領に面する辺境伯領。竜王領を超えた先にある国はフェザンと帝国。隣接する竜王領は比較的に安全でフェザンと帝国までの街道が作られていた。ここはトゥリップの街だ。高低差がある街で多くの茶畑が存在している。特産品であるトゥリップ産のお茶はいろんな街で売られており有名だ。そんなトゥリップの街の一番高いところに作られている屋敷は一際目立っており、攻めにくい構造になっていた。


「アマツとミズナの暗殺に失敗しただと⁉ふざけるんじゃねぇ‼」


 屋敷の一室で男の怒鳴り声が響いている。男の名前はトゥリップ辺境伯でこの街の領主だ。先代が死んでからのトゥリップの街はこの男のせいで衰退していた。領民からの税金を増やし、自分は私腹を肥やしている。そしてあろうことかフェザンと帝国と関係を持ち、フェンネル王国を自分のものにしようと企てている。

 そんな中で竜王の息子とミズナ王女が結婚すると言う情報を耳にしてしまった。魔王と渡り合える竜王の息子とミズナ王女が結婚してしまったら、フェンネル王家の権威はさらに強固なものになり手を出せなくなってしまうのではないかと考えて、暗殺しようと考えたようだ。


「申し訳ございません。予想以上に実力があったため……」

「言い訳など聞きたくはないわ!お前の娘と妻がどうなってもよいのか?」

「二人には手を出さないでください」

「よかろう。でも次はないぞ?」

「善処します」


 トゥリップ辺境伯に首を垂れる壮年男性。金色の瞳を持ち、髪色は日本人みたいな黒色だ。服装も闇に紛れることができる漆黒色で闇討ちに適しているといえる。男は唇をかみしめた。妻と娘が人質になっている以上、この男には逆らえなかったからだ。

 先日、暗殺に向かわせた四人の部下は男の指揮する部隊の中では最強クラスだった。こうも簡単に倒されてしまったとなるとよい方法がなかなか思いつかなくなる。男は絶望していた。次に男が任意に失敗したら確実に妻と娘の命はない。


「ごめんな……。俺のせいで……」


 男は溢れ出してきた涙を必死に拭って、心の平静を保とうとした。この仕事は危険と隣り合わせだ。心に余裕をもって仕事に臨まないとやっていくことはできない。


「もう死にたい……。誰か助けて……」


 男は弱音を漏らしてしまった。こんな状態ではいい作戦は絶対に思いつかないので、休むことにした。男はトゥリップ辺境伯にとって使い捨ての駒にしか過ぎないので、屋敷に泊まらせてもくれない。男が妻と娘を逃がしてしまうのではないかという懸念もあるのだろう。トゥリップの街にあるベッドの堅い民間宿の一室で静かに目を閉じた。


※※※


 日が昇り始めた頃に俺は中庭でセトとトト、リーネとラーファの朝稽古に付き合っていた。四人はすでにこのお城で暮らしており、各々で部屋を持っている。ミズナは中庭が一望できる縁側で腰を掛けて俺たちを眺めていた。

襲撃があったあの日から既に一週間が経っていた。リーネとラーファは俺がいない時でもミズナを守れるくらいの実力をつけるために朝稽古に参加しているみたいだ。


「はぁぁぁ!」


 セトは気合の入った声で木刀を振った。それをリーネが木製の短剣で受け止めていた。今日は男女でペアになって模擬戦をしている。リーネは十五歳、セトは十六歳で年齢は一つしか変わらないが、男と女だけあってセトのほうが力強い。リーネが勝利するためには相手の力を利用する技術を取得しなければならない。ミズナの護衛するのなら、男が相手で戦うこともあるだろう。男と女でこんなにも力の差があることを教えるためにこの組み合わせにした。


「やぁぁぁ!」


 リーネは大きな声を出した。リーネは俺が教えたいことをくみ取ってくれたらしい。セトの攻撃を真正面から受け止めるのではなく流す形で防衛している。リーネはセトの攻撃をきれいに受け流し、流した手とは逆手でセトの首元に短剣を振った。

 リーネの作戦はうまくいっていたと思うが、セトは反射神経がよく、狙って攻撃することができる。セトはリーネの手首あたりをたたいて短剣を地面に落とさせた。リーネは先ほど受け流していた方の短剣で追撃をかけるが、セトによってまた短剣を落としてしまった。


「僕の勝ちだ」



セトはそう言うとリーネの首元に木刀を近づけた。 


「そこまで!勝者はセト」


 俺が試合を止めると、セトはゆっくりと木刀をリーネの首元から離した。リーネは悔しそうにしていた。それでも目は死んでない。俺はそんなリーナの姿を見て、これを糧にしてさらに実力を伸ばすだろうと思った。


「次は二人の番だ」


 俺がそう言うとトトとラーファが向かい合った。ラーファは木製の槍を持っている。トトはセトと同様の木刀だ。


「始め!」


 俺の号令で二人が同時に間合いを詰めた。リーチの長い槍に対して、刀はリーチが短い。槍よりも近い位置から攻撃をしないといけないので、ラーファが有利といえる。さらに脳筋な部分があるトトにとっては槍をかいくぐって、攻撃することは至難の業だろうと思う。それが分かっているので俺は二人をペアにして模擬戦を行わせた。ラーファは十七歳、トトは十六歳でこの組も年齢は一つしか変わらない。そうは言っても男のほうが力は強いので、近づかれたらラーファは負けてしまうだろう。いかにして槍の間合いで戦えるかどうかが重要なポイントになる。

 木刀と木製の槍がぶつかりあう。本物の武器ではないので鈍い音が響いている。ラーファは槍の間合いでしっかり戦うことができている。


「くっそ!近づけない」


 トトは唇をかみしめて悔しそうな顔をしている。


「絶対に近寄らせない!」


 ラーファは真剣な表情でトトの刀を的確にさばいている。

 トトは一層スピードを上げて、ラーファに向かっていく。トトは体力には自信があるようで、ラーファを押し切ると考えたようだった。さすがは脳筋と言える。


「その攻撃を待ってたよ」


 ラーファはにやりと笑みを浮かべた。ラーファはその力を利用しようと考えたようだ。トトの刀をきれいに受け流した。


「なにっ……!」


 トトは呆気にとられてしまった。トトはバランスを崩してしまったようだ。その隙をラーファは見逃さなかった。トトの首元に槍が添えられる。


「そこまで!勝者はラーファ」


 俺が試合を止めると二人は距離をとる。トトは反省しているようだった。後先を考えずに突っ込んでしまったことを悔いているようだ。そんな気持ちになれるのならトトもまたどんどん成長していくに違いない。


「今日はここまでだな」



俺は四人を見て言う。朝稽古で体を動かしてお腹が空いてきた頃合いだと思ったからだ。俺も立っているだけだったが、お腹が空いている。


「はいっ!ありがとうございます!」


 四人は声を揃えて言う。

 俺たちが自室に戻ると机がすぐに用意されて食事が運ばれてくる。ここではフェンネル王国の王城みたいに食堂というものは存在せず、毎回部屋に机を用意して食事をする形をとっている。

 料理人に関しては王様の計らいで、フェンネル王国の王城の食堂で働いていた一部の料理人を譲り受けている。もちろん料理人にはしっかりと給料は払っている。その他にも竜人族の人たちも料理人として働いてくれているので、出来たばかりなのに上手に生活をすることができている。


「皆、おはよう」


 俺たちが席についていると眠たそうなお父さんが挨拶をしてきた。俺たちは挨拶を返すとお父さんも用意されていた机の前に座った。習慣として俺たちを含む八人のメンバーでできる限り、一緒に食事をとるように心がけている。親睦を深めることも重要なことだからだ。リーネとラーファは今までミズナと一緒に食事をとることはなかったみたいで、最初は戸惑っていたものの今はすっかりと慣れてしまっているようだ。セトとトトは最初から戸惑うことはなかった。


「あまつくん。今日お父様のところに行くんでしょ?」

「うん。少しだけ気になっていることがあってな……」

「気をつけて行ってきてね」

「あぁあ。用心するさ」


 俺たちが襲撃されてから時間があまり経っていないので、いつ同じことが起こってもおかしくない状況なのだ。注意しておかなければならない。ミズナには安全のためにここに残ってもらうことになっている。お父さんも念の為、護衛としてここに残ってくれることになっている。フェンネル王国の王城には俺とセトとトトで向かう予定だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る