第24話

 着替えを終えて、俺たちは廊下に出ていく。セトとトトも部屋の時とは雰囲気が全く違う。仕事モードと言うやつだ。二人は気を張っており、緊張感を持って行動をしている。


「あまつく~ん」


 ミズナの声が背中側から聞こえてきたので、振り返った。俺はその瞬間、固まってしまった。純白のドレスを身にまとい、髪は縛っておらず流している。長い髪はつやつやで触り心地がよさそうだ。いつも以上に美しく言葉が出てこなかった。


「……あまつくん?」

「あっ、ごめん。見惚れてた」

「あ、あ、ありがとう。不意打ちはよくないよぉ~。もう……」


 ミズナは顔を真っ赤にして、頭の上から蒸気を発生させているように見えた。廊下の温度が体感で少しだけ上昇している気がする。そんな俺とミズナの様子をほほえましく見ている四人の従者と侍女たちがいる。俺たちは結婚披露宴の開かれる会場に向かって歩いて行った。

 ちらっと会場を見ると端っこがぼやけるほど広く、豪華な食べ物が会場内のテーブルに並べてある。おしゃれな音楽が流れており、自然に体を動かしたくなる。見るからに高価な西洋風のスーツを着ている貴族たちが会場には大勢いる。三か月間にフェンネル王国の貴族の名簿を見せてもらって、徹底的に頭の中に叩き込んだ。貴族の名前を覚えることも大切なことだと教えられていたからだ。俺とミズナは待機している王様と王妃様、王子に挨拶をして近くに駆け寄った。お父さんも王様と王妃様と同じ場所にいた。


「全員揃ったな。アマツとミズナはここでしばらくの間、待機しておれ」


 王様はそれだけ言うと王妃様と王子と共に会場の方に姿を現した。会場にいた貴族たちは話すことをやめて、頭を下げていた。


「みな、表を上げよ。披露宴によくぞ参ってくれた」


 王様の指示で貴族たちが一斉に頭を上げる。軍隊みたいに綺麗に動きが揃っている。こう言う場に初めて参加したが、教育がしっかりと行き届いておりすごいと感心した。


「今宵は竜王様にお越しいただいている」


 王様がそう言うと会場がざわつく。竜王であるお父さんが大勢の人の前に姿を現すことが初めてだからだ。当然の反応である。全くではないはずだが、何百年間も大勢の人の前に姿を表さなかったことで、竜王と魔王が戦ったこと自体が人の中で伝説上の出来事ではないかと言われてしまっている。王様と会った時は久しいなと言っていたので、王城には顔を出していたことになる。


「みな、静まれ。竜王様がおいでになる」


 王様の一声で会場は静まり返る。王族の権威はそれほど高いということだ。だから国として、安定しているわけだ。お父さんは会場に姿を見せる。王様と王妃様、王子が頭を下げたので、貴族たちも頭を下げる。改めて実感する。これが竜王の権威だと。


「みな、頭を上げよ!」


 お父さんの一声で会場にいる人たちは一斉に頭を上げた。お父さんは竜王だと証明するべく白銀色の鱗を露出させている。人間の体に合ったサイズだが、尻尾と翼も出現している。これで疑うものはいないはずだ。恐怖すら感じているものも中にはいるようだ。


「我の姿を見ることが初めてのやつもこの中にいるな。我は竜王オーディン・ゲノゼクトと申す。今宵我の息子、アマツ・ゲノゼクトがそこにいるラクールの娘、ミズナ・フェンネルと結婚をすることになった。今宵は二人を盛大に祝福してくれ」


 お父さんが威厳のある表情で言った後に王様に出てくるよう、手で合図をされたので俺はミズナと手を繋いで会場へと足を進める。祝福の声があがる。

 俺とミズナは新郎新婦のために用意された席に座った。お父さんたちもそれぞれ用意された席に座っている。

 披露宴が始まった。会場全員が食事を手に取り食べ始めている。俺たちも食事を食べ始めた。しばらくすると貴族たちはあいさつ回りを始めた。竜王、王様、王妃様、王子の順番に貴族たちが挨拶している。


「お初にお目にかかります。アマツ様。私はカイラ・スカーレットと申します。この度はご結婚おめでとうございます」


 俺の目の前にいるのはフェンネル王国の三大公爵家の一人でスカーレットの街の領主だ。特徴的なのは人の目を引くような青髪をしているところだ。見た目からして三十代後半だろう。公爵夫人と一緒に挨拶をしに来た。


「ありがとうございます」


 俺は席を立って、感謝した。


「ミズナ様もご結婚おめでとうございます」

「ありがとうございます」


 ミズナも俺と同様で立って、感謝をしていた。フェンネル王国では王家に次ぐ権威の持ち主なので、知り合いになっておくことでこちらの理にもなる。


「アマツ様、ミズナ様。ご結婚おめでとうございます。私はガラド・マーガレットと申します」


 次に挨拶をしに来たのはマーガレット公爵様と夫人だった。マーガレット公爵様はスカーレット公爵様と同格の爵位で三大公爵家の一人である。マーガレットの街の領主だ。茶髪が特徴的で落ち着いた顔立ちをしている。


「ありがとうございます」


 俺とミズナは立った状態のまま、対応をする。相手側に悪い印象を与えないために口角を挙げて明るい表情で対応する。ずっとこの表情を維持するのもなかなかに大変だ。


「ご結婚おめでとうございます。アマツ様、ミズナ様。私はミスト・バイオレットと申します」


 三番目に挨拶をしに来たのはバイオレット公爵様と夫人だ。バイオレット公爵様もスカーレット公爵様とマーガレット公爵様と同じ爵位で三大公爵家の一人である。バイオレットの街の領主だ。

 フェンネル王国は王都を囲むように三大公爵家の領地が広がっている。防波堤の役目をする目的もあると思う。その後もいろいろな爵位の貴族たちとあいさつを交わした。挨拶をした貴族な数が多かったため、始まったばかりなのに人疲れをしてしまった。

 食事が一段落したところで、体をついつい動かしてしまいたくなるほど耳心地のよい音楽が流れ始める。貴族の男女がペアになって音楽に乗って踊り始めた。料理が載せてあった机は王城で働く使用人たちによって片付けられている。アニメが漫画、ライトノベルで見る貴族イメージといえばダンスだ。ここからが本番といえる。


「ミズナ。私と一曲踊っていただけますか?」


 俺は膝をついてミズナに手を差し出す。三か月間、ミズナに隠れてひそかにダンスの練習をしていた。こういう場で踊るのは初めてだが、俺がミズナをエスコートしなければならない。


「よろしくお願いします」


 ミズナは俺の手にやさしく触れた。俺はミズナをダンスする場所まで連れていき、周りの貴族たちと一緒に踊り始めた。

 しばらくダンスをしていると周りの視線が一斉に俺たちに集まってきた。さっきまで一緒に踊っていた貴族たちはダンスをやめて、俺とミズナを見ている。


「お美しい」

「なんと素晴らしい踊りですこと」


 一際目立っていたからなのだろうか……。貴族たちが褒めてくれている。それでも俺は集中力を切らさなかった。

 こうも貴族たちの注目を浴びてしまうと緊張しないわけない。俺がミスりそうになった時はミズナがフォーローをしてくれている。逆も然りだ。お互いにフォーローしあってダンスを終えた。

 会場中に拍手が沸き起こる。反応を見る限り成功したのだと感じることができた。練習した甲斐があったといえよう。


「あまつくん。いつの間にダンスがうまくなったの?」

「実は、ミズナと踊りたいと思って練習してたんだ」

「そうなの?全然知らなかった」

「かっこいいところ見せたくて隠してたからな〜。なんて……」


俺は苦笑いを浮かべた。


「あまつくん。すごくかっこよかったよ」

「あ、ありがとう……」


 ミズナの不意打ちに俺は動揺してしまった。顔も赤くなっている。

 ダンスは一曲だけではない音楽に合わせてミズナと再び踊り出す。今度は貴族たちも足を止めずに一緒にダンスを踊っている。俺たちは時間を忘れ、楽しんだ。


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